Vol.024  インタビューなしでも、言葉が意味を運んできた日。

旧ツイッターがいつの頃からか140文字の文字制限を解除したあたりから、言葉と言葉の合間、文と文と間を読むようなことが減ったような気がする。 少し飛躍も込めて表現すれば、まさに「言葉通り」「文章通り」に読み取ることこそが正確で、その文と文の間に流れる微妙な質感というものは、よく言えばわかりやすく削除され、悪く言えばワビサビを失ったということか。 昔よく、できる部下・できない部下を言い表すときに使われた例え話がある。 七輪でサンマを焼いている。別のところに呼ばれ、少し席を離れなければならくなった。 A:ちょっとごめん、サンマ見といてくれる? B:わかりました。 30分後帰ってくると、真っ黒に焦げたサンマが七輪に横たわっている。 A:え?見といてって言ったのに。丸焦げじゃないか。 B:ええ。言われた通り、《ずっと見てました》よ。 言語学で有名なJ・L・オースティンは、言葉には3つの種類があると表現した。 (1)言語行為、(2)言語内行為、(3)言語媒体行為。同じ言葉でもこの3種類があるという。 例えばフリーアドレスの職場。ノートパソコンを開き、デスクワークをしている。すると向こうから、カップになみなみと注がれたコーヒーを持った若手が近づいてきた。どうやら私の隣に座ろうとしているようだ。 そこで私が「これ、ノートパソコンだからね」と言ったとする。 (1)言語行為は、その言葉の通りだ。やってきた若者に「これはノートPCですよ」と伝えた「だけ」の話。 …まあ確かに意味はそうだが、このタイミングでそれを伝えるのは、《その言葉の意味だけではなさそう》であることは容易に想像がつくだろう。 だが言語行為としては、ただこれが「ノートPCです」をあらわしたに過ぎない。 他方、(2)言語内行為とは、その言葉に込められた内側の意味を指す。 …そう、「これはノートPCだから、そのコーヒーをもしこぼしたら、大変なことになるよ。仕事にならなくなるよ、涙。」ということを、暗に示すもの。 私なりに、こぼすんじゃないかという、「虫の知らせ」を伝えたという構図になる。ノートPCであることを伝えたいわけでなく、その先に見える危機を伝えているに等しい。 (3)さらに突っ込んで、言語媒体行為。その言葉を媒体に、何かしらの指示をしているわけだ。 …「そんななみなみと注いだコーヒー持ってくるなよ。俺今大事な仕事してて、もしそこで転倒したらノートPC台無しだろ。せっかくここまでいい感じで作った作品が台無しになるじゃないか。俺の青春を返せってなるぞ。だから、向こうに行ってくれ。そもそもなんでそんな、なみなみと入れるんだよ。コーヒーはそんな大量に入れるものじゃなくて、ほどほどに入れてリラックスするものなのに、自分は好きなコーヒー飲んどいて隣人をはらはらさせてどうする。そういえば先週もお前、取引先のえらいさんにお茶出されて何も(省略)」 言葉を額面通りに取ることで、誤解のリスクを解く。また、ちょっとした言葉足らずな部分を指摘することで、その真意を正確に読み取る。確かに尊いリスクヘッジだ。 しかし、そのことが、私たちの生活をより難しくもしている。間違いを恐れ、その文脈に流れる背景や文間に内在する意味やセンスを失っていく。文脈は途切れることなく人生の幅のごとく続いていく。文間もまた、その人その人が紡いできた歴史に呼応する。コーヒーひとつでこんなザワザワを覚え、あーだこーだとブツブツ言いあうのが人間なのだ。 …実は今回、こんなに前置きが長くなったのにも理由がある。田中代表とのセッション、今週、実施できなかった。お互いのスケジュールがすれ違い、結局何も言葉を交わさぬまま、私は筆をしたためている。 ちなみに、すれ違ったときに交わしたやり取り、田中代表からの言葉は、lineで交わした以下になる。 「すみません見落としていました」 「明日でも大丈夫です」 「気づいたらこんな時間になってました」 「もちろんです!」 「ありがとうございます!」 最後の2行は、私から「今回はインタビューなしで一度書いてみても、いいですか」という私からの問いかけに応じたものだ。 念のために言っておくが、決して私が怒っているわけでもないし、「もういいや」って諦めたわけでもない。事実最初の順延は、子供を寝かしつけいている間に「しでかした」私の寝落ちが原因である。 しかし私の中で、このすれ違いにこそ価値があると感じ始めた。語られないことから立ち現れてくる文間があるのではと、ふと思ったのである。だから、何も交わさなかったところから、言葉というものを浮き立たせ、書いてみたくなった。 交わされなかった言葉たちもまた、「言葉」である。そして残された数行のlineにも、そこにしか存在しない背景があり意味があり、メッセージがあり、それこそ、「焦げたサンマ」に負けないほどの物語がある。 この5行の文章から、そしてその文間から、どんな物語が、そして田中代表のどんなアクティビティが、皆様の心に、透けて現れただろうか。 そう、彼女は全国を奔走し、留まる日が存在しない。私も些細なことだが、目の前で起こることに、懸命に歯を食いしばって不器用にもがいている。そんな我々二人のすれ違いの文間に込められた思いが、「これです」と取り出してお見せできるものはないにしても、日々の生活それ自体がすでに、みな、それぞれの劇場を生きている。そう思えば、この5行には、ある意味での非凡さを含んでいる。 「見落として」しまうほどの目まぐるしさ、「気づいたらこんな時間になって」しまうほどの充実した日々そして、いつもツーリストシップにご尽力いただき、本当に「ありがとうございます!」という感謝の言葉と置き換えられた。私個人の言い換えではあったとしても、決して誇張ではないと胸を張れる。 ツイッターで文間を失い、サンマを焦がし、コーヒーに青春を奪われたくないと独り言をぼやく、私たちが織り成す無数のコミュニケーションの一つひとつは、その場その場で顔を出したあくまでも表層でしかない。 その裏には、途方もないプロセスと、生き様がある。劇場がある。今日はそのことを、言いたくなった。 田中代表、今回初めてノーインタビューで書いてみました。ご期待に添えたかどうかわかりませんが、いかがでしたか? …え?《サンマ焦げてる》って? …ほぉ。それはどういう意味かな(笑)。

Vol.023  田中代表の徒然日記。小さな偉業が積み重なる。

恐らく私にとって人生初の出来事だった。 …のような、冒頭から勇ましい言葉で食い込むと、きっととてつもない偉業を成し遂げたのだろうと想像される方も決して少なくないだろう。 実際は(私にとっては大きかったが)、多分、そんな大偉業ではない。同じ日に、日の出と日の入りを見た、という話である。 日の出は電車の中だった。秋空に紅色が映えていた。橋を渡るその瞬間、建物がない。山から登った眩しい太陽光が目に焼き付く。直に見ては目に悪いとわかっていても、数秒懸命に凝視しては目を逸らした。 その日の夕暮れ、徒歩で先生宅に向かう途中、ある団地の小高い丘から、夕日が見えた。さっきまで大雨だったのにこの瞬間、秋空をのぞかせ、夕日が差し込んだ。思わず立ち止まり、写真に撮った。こういう出逢いこそ、偉業ではなかろうかとさえ、思うのである。 日頃、素通りしてしまいそうなものに、物語や意味が込められたとき、素朴なシチュエーションも作用して、何とも言えない温かさが体を包む。そんな体験だった。 田中代表が今夜話してくれたことも、いわば本人にとっては大きな気づきだ。しかし世間一般的には、「まあ、そうでしょうね」と思われるか「え、そうなんですか」と少々驚かれるような、そんな類のエピソードである。しかしそれは、積み重なっていくにつれ、素通りも効かなくなる。 活動の拡張に伴い、東京への引っ越しを決めた。京都で身支度をし、しばらく会えない方と飲み会を重ねた。そこでハタと気づいた。京都にいたから、今があるんだという感謝だった。去り際になって感じる有難さ。その当たり前に気づいた小さくも大きな偉業は、私が見た日の出・日の入りを彷彿とさせた。 引っ越しのおかげで、ずっと探していたものが不意に見つかった。こういうラッキーな展開もまた、感謝の対象だ。定期的な引っ越しはアリだな。探し物を見つけるために引っ越し?田中代表の頬が緩む。 ツーリストシップという言葉を持ってから、バズったよねぇ。そんな風に声をかけられる度、田中代表は複雑な笑顔を浮かべる。そうなんだろうか。自分では気づかない。今あるのは実は怒りだ。ツーリストシップという言葉よりも、最近やたらと目にする「オーバーツーリズム」。違うだろ。ここは啓蒙の心を根付かせ、ツーリストシップという言葉を広めないでどうする。というより、なぜ私にマイクを向けない。私がいくらでも話してやるというのに。 さて、クレイジーケンバンドの出番である。「タイガー&ドラゴン」の歌詞、 ♪俺の話を聞け は、もはや田中代表のための詩になりつつある(と勝手に言っている)。 ♪5分だけでもいい …のである。いや二言目には、 ♪2分だけでもいい …のである。実際に彼女は、時間と場所を選ばず、どこでも、何にでも、どんな尺でも、ツーリストシップを語ることができる。ここ最近の講演数の凄さ、そして呼ばれる数の凄さを見れば一目瞭然である。何なら10秒で語ってやろうか?そんな覇気が伝わってくる。 最近なぜか『ワンピース』にハマったらしい。このタイミングで、という疑問符は消えない。しかし田中代表にとっては、今このタイミングに、意味があるのだろう。海賊王と、ツーリストシップを啓蒙する自身のハートが、融合したのかもしれない。 小さな気づき、小さな違和感を幾重にも重ね、静かに、そして熱く過ごした2週間。引っ越しを終え、いよいよ2030年の目標に向けて走り出す。しかし他方で、田中代表は静かである。熱いんだけど、どこか涼しい。躍進の前触れ、噴火の前兆であろうか。 日の出と日の入りを拝んだその日、私はそのまま深い闇に包まれた夜の街を歩きながら、脳内再生がやまない「タイガー&ドラゴン」を心で聞いていた。最後の歌詞はこうだった。 ♪どす黒く淀んだ横須賀の海に  浮かぶ月みたいな電気海月よ  はッ! 田中代表が引っ越す町、東京で、今宵も静かに、希望の光を追い求める。その光はまさに、電気海月みたいに水面を浮かせ、輝かせていたのだろう。 俺の話を聞け。 俺が、ツーリストシップだ。はッ!

Vol.022  旅先クイズ会に知床5か条。積み重ねたアクションから見えたもの

栗の化け物は舞台の奥に、腰を低くしてしゃがみ込む。その大きな体は、隠そうにも隠し切れない。大きな体を舞台の隅で晒している。やがて、健気な少女が舞台の中央にやってくる。 「あれぇ?確かにこの辺で音がしたんだけどなあ…」 すぐ後ろに鎮座するその存在に気づかず、無防備に辺りを見回す少女。栗の化け物は、我が物顔で少女に忍び寄る。 「うしろ!うしろにいるって!」 「あかん!やられる!そこちゃう!」 ここは娘が通う保育園の学芸会。先生たちが園児のために、即席の舞台でハロウィンにちなんだ演劇を披露していた。そこでのワンシーン、いわば「少女(先生)、ピンチ!」というやつである。 その園児たちの微笑ましくも必死な、断末魔の叫び声を聴いていて、ふとツーリストシップを思い出した。 旅先クイズ会のオーディエンスもまた、目の前に繰り広げられる小さくも偉大なクイズや出し物に、首をかしげて悩みながらも、心躍りながら〇×を掲げ続けていたのだろうと。 毎回グループLINEに報告として送られる、躍動感たっぷりの写真たちを見るにつけ、旅先クイズ会が観光地というわけではないのに、その一期一会が見事な旅の醍醐味を生み出していると感心させられる。クイズ会それさえもが立派な観光名所になっているかのような充実ぶりが心を打つ。 功利的に物事を捉え、今時のタイパ重視よろしく、無料サービスに慣れた現代人。ちょっとやそっとでは感動できない体質になってしまったかもしれない我々ではあるが、人との出逢い、アナログの良さはいまだ健在だ。いざ旅先クイズ会が始まれば、その舞台の上で、懸命にツーリストシップを体感する。あの日、必死に叫ぶ園児たちの声は、決して完成された美しさはないとしても、心がそのまま言葉に憑依した見事なイリュージョンだった。案外それと変わらぬ熱さを、旅先クイズ会は秘めている。 園児たちの懸命な「信じ込み」は、一つの才能であり力である。栗の化け物が後ろにいる。いつも頼もしい保育士さんが、そんな間近に潜む化け物に気づかないなんて。何なら涙目になって訴えている園児もいた。この没我は、大人たちを確実に凌駕していた。 信じ込みがやがて世界を変えていく。その原動力は、確かに諸刃の剣かもしれない。思い込みによる視野の狭さを揶揄されるかもしれない。だが、ムーブメントはある日唐突に訪れる。信じ切ったからこそ、訪れる。小さな積み重ねを諦めずに続けること、この尊さが、《きっといつか》世界に届く。そう思っていた。 だが、今夜の展開は違った。田中代表から出た言葉は、「もっといい方法がある」だった。 もっといい方法?旅先クイズ会は違うということか? 意外な答えにきょとんとした私を察してか、慌てた口調で言葉を続ける。 「いえいえそうじゃないんです。旅先クイズ会は絶対に大切ですし、もちろん続けます。  ですがもう一方で思ったんです。地道な活動だけでは時間がかかる。少しずつ積み上げながら、レバレッジの効いたことも考えないといけない。これだけしかない、じゃなくて、実は方法論は無限にあるんじゃないかと考えることが大事なんじゃないかと、私、思い始めたんです。」 知床でツーリストシップ5か条というものを作った。自然と動物と人間の共栄共存のために、そして、観光客が知るべき情報を分かりやすく伝えるための5か条。 例えばヒグマ、キツネへの餌付けを禁じること。言うに及ばず、餌付けは双方にとってデメリットしかない。 野山の川の水は飲んではいけないということもそうだ。一見すると自然の川の水は、マイナスイオンたっぷりで、とっても美味しそうだけど、野生に巣食うウィルスによってお腹を壊す恐れがある。このような注意点、まさか言われなくともわかるほど、私たちは利口じゃない。こういうことも、ツーリストシップでは実践してきた。 全ての施策は、ツーリストシップに通ずる。その信念こそが、「もっといい方法はないか」の萌芽を浮かび上がらせる。田中代表もまた、あの日の園児のような無邪気さを持ちながら、実は冷静は目を持っていたのだ。 栗の化け物と少女はやがて仲良しになり、旬の食べ物・サツマイモを掘り当てて、めでたしめでたしと閉幕した。園児たちは脇目も振らずに教室に帰っていった。 田中代表が目指すツーリストシップの理想の姿は、遠い向こうにあるようで、案外近くまで来ているのかもしれない。いや、もう既に傍まで接近しているけど、《あえて》気づかないふりをして、彼女はどんどん成長を遂げているのかもしれない。そう、栗の化け物に気づいているのに、素知らぬ顔で「どこぉ?」と辺りを見回していた、あの、健気な少女のように。 ところであの栗の化け物は何だったのだろう。保育士さんたちが、時間を割いて懸命に考えたオリジナルストーリー。その真意は誰にも分らない。ただあるのは、懸命に園児のために取り組んだ、先生方の努力の結晶であり、もし答えがあるとすれば、何より、その演劇に微笑む娘たちの笑顔である。私にとってはもう、それだけで十分だった。

Vol.021  ドバイが見せた「もう一つの観光の姿」

ヒアリングを終え、時計に目をやる。午前0時を回っていた。しかし自然と疲れはなかった。寝不足なまま田中代表のドバイの報告を聴き、そして質問を投げていくうちに時が過ぎていた。疲れが飛んでいく感覚、こういう不思議なことは、時折起こる。主訴たるものが沸き立った時、または論点が二転三転するスリリングな展開になると、疲労感が却って体に宿る血沸き肉躍る土壌になる。奇妙な話だ。 ドバイから帰国した直後に彼女は父親の出張先である青森に飛んでいる。観光立国の今を感じたまま、今度は父を訪ねての長旅を選択するのだから、なるほど、ツーリストシップを地で生きる人間の成せる業だ。 田中代表の話を聴いていて、ふいにある詩を思い出した。夭折の詩人・伊東静雄が遺した『そんなに凝視(みつ)めるな』である。 そんなに凝視(みつ)めるな わかい友 自然が与える暗示は いかにそれが光耀(こうよう)にみちてゐようとも 凝視(みつ)めるふかい瞳には つひに悲しみだ 輝かしいものを凝視したとて、あるのはいつも、悲しみだという意味だろうか。一見するとネガティブな詩に聞こえるが、私にとっては希望だった。悲しみを真正面から受け止めることを認めてくれるような、そんな器を感じていた。どう感じ、何を考え、どのように事を起こすにせよ、そう、間違いを恐れず、悲しみを捉え、生きていく勇気への賛美にも聴こえた。 田中代表がドバイで感じた観光の現実は、決して自由さや開放的なものが溢れている実情ではなかった。ルール規制が存在し、管理監督の上で人々の生活や娯楽が営まれていく。日本人気質から見れば「何と不自由な事か」と敬遠されそうなエピソードも、ドバイでの観光を成り立たせる上ではきっと必要な事だったのだろう。その土地に、その地形が存在し、その地形によって生まれる自然や気候が、やがて人々の文化文明を創造していく。ジオパークの概念もきっとそこにあるのだろう。地質学と文化文明は切り離せない。ドバイにはドバイの背景があり、日本には日本の背景がある。 伊東静雄が凝視(みつ)めたであろう、「ついに悲しみだ」の下りには、きっとそこに立脚したものでしか語れない背景がある。その背景をなかったことにして、「本来の観光とはこうあるべきだ」と語ったところで、誰の胸にも響かない。異文化、異世界に立つということは、その悲しみ一つひとつに向き合うこと以外に許されないのではないだろうか。 電車内で居眠りをすると罰せられるドバイの規則。それは日本人の田中代表にとってどう映ったのか。違和感でもあり、だからこそ、その違いにも歩み寄ろうとした。難しく考えてみたり、それもありかと棚上げする田中代表の心の揺れを、私は聴きながら感じていた。「そんなに凝視(みつ)めるな 田中千恵子」と、伊東静雄が天から囁いたかどうかは、知らないが。 既にある状態と、一から構築していった状態の2種類がある。田中代表は日本とドバイの違いを、こうも表現した。地域色の違いに触れたかと思えば、最終的に「人が行動するにはどういう要素が必要なのか」という話題に及んだ。田中代表にとっての行動力とは「根拠のない自信」だと言い、私は「バカになることだ」と言ったら、互いに、うん納得、という感じだった。案外、やる前に想定していたリスクは起こらないものだ。絶対というものはないが、だからこそ歩みを止めずに、田中代表はここまで来た。ドバイの旅が田中代表を更に大きくした。旅というものは何だろうと改めて考察しているうちに、午前0時を過ぎていた。 『そんなに凝視(みつ)めるな』の結びはこうだ。 われ等は自然の多様と変化のうちにこそ育ち あゝ 歓びと意志も亦(また)そこにあると知れ 自然が刻一刻と変化し、多様化する複雑な社会現象を生きる私たちに、ツーリストシップがこうして在る意味をもう一度“凝視(みつ)めてみる”。それは喜びを感じる事でもあり、悲しみを背負うことでもある。 深い夜の静けさとは裏腹に、疲れが体を鼓舞し始める。長い夜は、あっという間である。

Vol.020  無限の可能性という言葉を聞き慣れた美辞麗句と思ったアナタへ

色んな歌にせよ、企業のミッションにせよ、ほぼ見ないことがない「お決まり文句」として、『無限の可能性』という言葉がある。際限がなく、何でもできそうな魔法の言葉のようだ。未来を担う子どもたちにとってもまた、この言葉は聞き慣れている。キミたちは若いし、未来がある。そういって未来を押し付けてくる大人たちは、日々の限定された日常に奔走する。それが現実なんだと、もっともらしいことを誰が言い出したんだろう。無限の可能性という言葉を「お決まり文句」と表現した小生の発想が既に、未来を押し付ける大人同然であったことに、いま認(したた)めながら気づかされる始末である。 他方で、強みを絞り、一点突破でニッチな取柄を尖らせるという選択と集中という言葉もある。無限の可能性を前にしても、なかなか行動に移せない。「メニューはないんで、何でもどうぞ」と言われると却って何を注文したらいいか分からない。用意されたメニューに慣れた私たちにとって、無限とか、何でもありとか、カスタマイズと言われると身動きが取れなくなる。身軽に、何でもいいから、ホイと塀を乗り越えて向こう岸に渡るフットワークの軽さこそ、先の読めない今に求められているのだろうか。 そんな心配をよそに、田中代表は明日からドバイに行くと言い出した。観光立国をこの目で見たい。思ったらすぐに動く。正しいかどうかなんて、ここで悶々としても始まらない。子どものような好奇心こそ、田中代表の強みだ。そこに限定的な条件は挟まない。選択と集中も大事だが、もっともっと、可能性を広げたい。美辞麗句に聞き慣れた子どもでもなく、限定された日常にもがく大人でもない、田中千恵子の、可能性を今、もっともっと開こうとしている。 ここ最近の、錦市場での旅先クイズ会で大きな感触を得た。観光客の皆さんのノリもあっただろうが、何よりここは、課題が山積だった。課題の多い地域こそ、旅先クイズ会の存在価値があるというものだ。田中代表の心は踊った。 官民の枠を超え、ツーリストシップの更なる深化と普及に向けたドリームチームを編成するという話も出た。人が人を呼び、声のかからない日はない。ツーリストシップの重要性と、田中代表の可能性が、あらゆるものを引き寄せ始めている。 オーバーツーリズムという言葉が最近、メディアを騒がせていた。スペインのバルセロナでは、地価の高騰で住民が住めなくなっている。夜中に騒ぐ観光客が、住民の眠りを妨げている。ツーリストシップの価値が改めてクローズアップされていくことは容易に想像がつくが、田中代表は不満だった。現象だけを取り上げるのでなく、ではどうすればいいのかと、次の一手に思考を巡らせてほしい、ツーリストシップに声をかけてくれればいいのにと。引き寄せ続けている猛者の雄叫び(おたけび)である。間違いない、じきにその声は世界に届くだろう。 無限の可能性という言葉が、なぜこうも聞き慣れたものになって、あまり子どもたちの心を揺さぶらないのか。それは、可能性を外に求めるからなのだろうと、想うことがある。可能性はもしかしたら、人の内面、心の中にあるのかもしれない。外に向かうと、できない言い訳が増える。たくさんの障害を目にする。それをシャットアウトできる内側からくるモチベーションの強さであり意味にこそ、無限の可能性を求めるべきかもしれない。大人たちがそれを表現するときの、妙なよそよそしさは、おそらく日々の社会にもまれ、外部環境に振り回されてきた大人たちの歴戦の記録である。戦いで負った傷は名誉だ、ただし同時に、子どもの頃に描いていた無敵状態とは、縁遠くなるものだ。それが大人になるということなんだよと、知ったような口をきいている傍らで、田中代表はドバイの準備を始めているという話である。 可能性は内側にある。ドバイに飛び立った田中代表もまた、その一人だろう。PR動画もできつつある、今やどの地域に出店の話を持ち込んでも、受け入れてくれるほどの理解を得ることもできた。負った傷を可能性に変えてきた田中代表に言わせれば、今はこういう感じらしい。 「正直、きてます。いま。」 無限の可能性という言葉を「お決まり文句」と鼻で笑った私自身を今、恥じている。

Vol.019  奇跡は生み出すもの。「…あっ」という出逢いに魅了され。

カッコよく言えば、マーケティングという話になる。 ちょっとした流行りの言い方を添えれば、マッチング、とでも言うべきか。 「出逢う」ことの価値と難しさについてが、今回のテーマになった。 昨今、様々なマーケティングリサーチの手法が世の中を席巻し、ノウハウ本はそれこそ枚挙に暇(いとま)がない。 より効率的に、そして効果の出せるローコストでのマッチングは、商売をする上で必需品である。 ストーリー戦略、カスタマージャーニー、それこそ多様なフレームワークは、私たちの頭脳と心を揺さぶっていく。 一方で、意図しない、狙わない出逢いというものへの価値も、日に日に上がっている。 舞台は変わり夕暮れの図書室。ふと気になった本に手を伸ばすと、隣から同じタイミングで伸びてくる手が。 そして二人同時に、声が出る。引っ込める手と同時に、互いの目線が交差する。 「…あっ」 いかんいかん。そんなベタな恋愛ストーリーを語りたいわけじゃない。 でも、こういう不意の出逢いは感動を膨らませる。 Vol.016で書いた「セレンディピティ」に着想が近い。 「旅行者が嫌われない世の中にしたい」 そんな想いを持った方に、田中代表は出逢うことができた。 しかも、人づてに紹介された奇跡のリレーによるものだった。 出逢いはどこで始まるか分からない、 まるで「決められていた」かのような錯覚を起こすものほど、その奇跡の偶発性は驚異的なレベルになっていく。旅行が好きで、旅行を愛し、これからも楽しい旅行が続けられる社会にしたいという想いが、田中代表とをつないだ。 しかし奇跡とは偶然ではなく、生み出すものなのかもしれない。偶然に身を寄せたとて、人生はそんなに長くはない。キャリア論の巨匠、クルンボルツ博士が提唱した『計画された偶発性理論』でさえも、偶然の出逢いには5つの要素が不可欠だと説いた。好奇心や冒険心、楽観性や持続性そして、柔軟性が必要であると。 図書室での運命のような出逢いも、マンザラではない。好奇心を持って本を読もうと図書室に足を運んだこと、そして興味のある本が目に留まり、迷うことなく手を伸ばした冒険心、そしてそして何より、これは私の妄想が大半を占めるが「あわよくばいい出会いが欲しい」と潜在的に願い続けていたからこその、「…あっ」ではなかったのかと。 「でね、10月9日の4周年、もうはっちゃけた感じで、野球大会とかどうかなあって。ははは」 田中代表はもう違う話をしていた。「…あっ」さえも言わせない速度観。好奇心が拍車をかけ、まずやってみるが先に立つ世界。楽しくなければ続かない。出てくるアイデアの蛇口を締めるな。ツーリストシップの心意気が、『旅行者が嫌われない世の中』を創り出していく。クルンボルツ博士も真っ青の、偶発性理論を地で行く人である。「…あっ」なんて、そんなマドロッコシイことなんか、言わせない。 「じゃあ、10月9日のレクリレーション大会、弓指さん考えてくれません?」 …あっ?

Vol.018  なぜ田中代表はサミット当日、講演スライドを「捨てた」のか。

第二回のツーリストシップサミットが終わった。安堵なのか、反省なのか、田中代表の口数は思った以上に少ない。 それは気落ちを意味していない。むしろ、伝えたかったメッセージを伝えきった人のそれであった。 重みが欲しかった。 過去幾多の講演会で、またセミナーで、積み上げてきたプレゼンノウハウや伝達術を、8月6日のあの登壇の瞬間、彼女は捨て去った。美辞麗句を並べ、即興でなぞるような便利なプレゼンを駆使したところで、一旦何を魅了するというのか。 いい会よりも、「残る」会にする。その決意が、あの直立不動の講演を生んだ。 帰るなき 機をあやつりて 征きしはや 開聞よ 母よ さらば さらばと 歌誌「にしき江」主幹、鶴田正義氏の読んだこの詩(うた)は、知覧を飛び立ち、決死を遂げた特攻隊員を想い詠んだものだ。 もうあれから80年が経とうとしている。それでもなお、色褪せることなくこの詩が知覧特攻平和会館に鎮座するのは、命を賭した者への重みであり、未来へのコミットそのものだったからだろうと思うのである。 きな臭い話をしたいわけではない。戦争とツーリストシップとの対比や風諭(ふうゆ)がしたいわけではない。心に残るということは、そして心に「残す」ということは、実に重く、切実なる柱を立てるということであり、田中代表は、あの時計台のど真ん中で未来への柱を立てた。魂が揺さぶられたという感想が絶えなかった理由も、そこにあるのだろう。「さらば さらばと」とは別れではなく、生き抜くという決意の詩である。 第二回の終焉は、つまりは第三回の始まりを指す。いい会だったねと、互いに慰め合うことはしない。向かう先は、ツーリストシップが地球に違いを創る日、そのコミットする近未来から目を離してはいけない。 うまくいったかどうかは、今の私たちが評価を下すことは許されていない。やがて訪れるその歴史が証明する。田中代表の口数が少ない意味は、恐らくそこにあった。だから、希望が持てる。だから前に進む。「今か 今かと」。 鶴田正義氏が詠んだあの詩は、鎮魂歌であり希望の詩だ。それは、共に歩み、共に分かち合おうとした男の想いであったからだ。だから私たちは、このかけがえのない「今」を享受させて頂いている。やがて私たちに、今を生き抜く決意が芽生える。そしてこれからも、私たちは、未来を生きる。 8月6日当日、この猛暑の中で、あの時計台に足を運んでいただいた、皆さまお一人おひとりの想いと共に。

Vol.017  場が人を動かす。「観光大使」にインスパイアされた広島にて。

2030年、人手は644万人不足する。 パーソル総合研究所が打ち出した未来予測。企業が求める人材と、仕事を求める人材との需給ギャップが、2030年、シャレにならないほどの深刻な「人不足を生む」と予言している。 他方で、それだけの人材難が揶揄されても尚、人材業界、いわゆる人材紹介会社やマッチングを生業とする業界の盛況ぶりが報道され、過去最高の増益増収とのニュースが飛び込んでくる。人材業界の盛況ぶりと、深刻といわれる人材不足の未来図にもまた、奇妙なギャップが生じている。 何とも不思議な話である。人材が足りないから企業が人材紹介にすがる気持ちはわかる。採用ができないからだ。だから人材業界は増益増収なのだろう。しかし、人が足りなければそう簡単に決まらないはずが、決まるところは決まっている。採用できない実態が、人材紹介会社の売り上げを伸ばしているという、ややチグハグな相関関係がある。一体この出来事が、私たちに何を示唆していて、何を意味しているのだろう。ずっと考えていたテーマだったが、そうかと気づいた瞬間があった。人不足だけが問題ではなかったのである。 田中代表の鼻息は、今日も荒々しい。新しい気づきや、大きな見通しの立つアイデアが思い浮かべば浮かべるほどに、その語気には気合が乗る。結果、鼻息が荒くなる。 旅先クイズの出展を、広島で開催。運営クイズの出題者を初めて「ひろしま観光大使」の方々と共同した。ちなみに「観光大使」とは広島をPRするボランティアの方々のことで、報酬はない。そういう方々との旅先クイズを展開したのである。そこは想像を絶することの連続だった。やることなすこと全てにおいて、観光大使の皆さんの気合の高さ、鼻息の荒さ(違う意味だが)に脱帽した。 ここまでやってくれるのか。満足に休憩も取らず、観光客がそっとテント内を覗けば、わずかの休息で口にしていたおにぎりでさえ脇に置く。このホスピタリティ、本物だと田中代表は感服する。 2030年、人手は644万人不足する。 本当にそうだろうか。どうも怪しいのだ。あれだけの観光大使の皆様の八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見るにつけ、大暴れしたい人、お役に立ちたいと希(こいねが)う人たちは、実はもっともっとたくさんいるのではないか。人不足って、本当なんだろうかと。 人が足りていないのではない。その気合の、その情熱に耐えうる思いの丈の、受け皿がないのである。一人ひとりの個性やポテンシャルを、発揮できる場を生み出していない可能性がある。 ただ淡々と、「こういう作業してください」とか「これさえすればいくら払います」のような、実に功利的に見えて想いの乏しい場創りが横行しているから、人材はその場に振り向かない。どんな仕事にも、想いがあり、気合があり、広島の観光大使のような志がある。人不足の前に、場所不足。志を立てる場所の、不足ではないか。そう仮説を立てれば筋が通る。広島の観光大使を募集した際、たくさん旅先クイズ会に応募頂き、なかなかの倍率だったことを田中代表から聴いて、余計に思った。 企業戦士として奮闘してきたベテランサラリーマンの方は尚更だろう。この多様化した社会は、一時期を築いた勇者たちにとって、VUCAに表されるような住みにくい時代ではない。もう一度、あの青春を呼び起こす、実は「好機」の時代なのである。 そう思えばニッポン、まだまだ余力がある。労働生産力といった、数の論理ではない、違った余力だ。想いであり、想いからくる行動であり、俺はここにいるという自覚であり、その信念の、その志の発揮すべき余力を、手をこまねいて傍観させるわけにはいかないのだ。虎視眈々と、志が、その場が、狙っている。だから、旅先クイズ会が盛り上がる。その場に、その余力に、ひとの心は踊るわけである。 人不足を超えた、場所不足。志の開花する場所不足。その不足を補うに余りあるポテンシャルが、このツーリストシップにはあったという、広島でのエピソードである。 ちなみにこの「ひろしま観光大使」になろうと思えば、どこに住んでいても、いつからでも誰でもなれるそうだ。この門戸の広さ、そして未来志向の着想が、あの生き生きとした旅先クイズ会を輩出したという意味でも、納得がいった。開かれた社会は、ツーリストシップの目指す大事な一里塚だ。

Vol.016  無計画であることの大切さ。それを何とか《する》のが、田中千恵子だ

「これで、何とかなりますか?」 定例ヒアリングの後半で田中代表が、思い出したかのように言い放ったこの言葉。無論、何とか《なるか》ではなく、何とか《する》のが私の仕事だ。だから問題ないと言ったら、 「経験は、きっかけですからね」 という、何とも言えないフレーズが追い打ちをかけた。確かに今日は何のテーマを扱ったのか、うまく整理できない。そもそもツーリストシップ史上に残る大偉業のことには一切触れず、ただ出てくる田中代表の感情を受け止め続けていた。この不意のやり取りをしながら、ふと頭に浮かんだ言葉があった。 セレンディピティという言葉である。「思いもよらないもの」「偶然の出会い」によって運ばれてくる幸運のようなものだ。 出逢いの全てがもし、計画されたもの以外には起こりえず、予測できるものであったとすれば、何と安定したつまらない人生なのだろうと思うことがある。人の気味(きび)というものは、幾多の不意打ちによって作られている。人は約束されていないことに出逢うたびに、人生の奥深さと、ある種の使命感のようなものを抱く面倒な生き物なのだろう。「ありがたい」とは「有難い」であるから、感謝にはいつも「普通あり得ない」「予測できないもの」であることが本来は大前提なのかもしれない。感謝の数は、つまりは不意打ちの数。だとすれば「無計画」というものも、あながち悪くない気がする。 そもそもセレンディピティという言葉は、ペルシアに残るおとぎ話『セレンディップの三人の王子』が起源だと言われている。父王に命じられて旅に出たセレンディップ(現在のスリランカ)の3人の王子が、途中で遭遇するトラブルを、それぞれの知恵と機転で見事に解決していくというお話し。 田中代表のここまでの歩みは、きっとこの知恵と機転によるものだったのだろう。3人の王子と同じく、彼女はツーリストシップという航海の旅を、こうしてセレンディピティに舵取りしている。 もしかしたら、彼女に「計画」というのはいらないのかもしれない。事実彼女は、幾多の不意の出逢いの積み重ねで今日を迎えている。約束されたものなど何一つなかったはずだ。その出逢いを田中代表は、ただただ《有難く》受け止め、その感謝を形に変えていった。 そう、その感謝の形の一つが、本来ど真ん中で取り上げるはずだった、ツーリストシップの書籍が遂に発売になって、京都の書店のあらゆるところで置かれている、という史上最大級のニュースであった。この偉業を差し置いて、彼女はその「無計画」を語り出したのだった。 でもこれで合点がいった。書籍の誕生は確かに偉業だが、もちろんゴールではない。その先に大きなミッションを見出したるものにしか映らない景色を、彼女は懸命に逃すまいとロックオンしている。だから、書籍のことはもう既に、「次の何か」の布石になっている。 「これで、何とかなりますか?」 ハッキリ言えば、何も、何ともならない。何ともならないから、「何かが生まれ続けてきた」のがツーリストシップの歴史であり未来だろう。だから、何とか《する》。そういうことでこれからも、ツーリストシップは歩み続けていく。 彼女に圧し掛かった責任というものが、この本には乗っかっている。だから書籍の誕生をまだ「喜ぶものではない」のだろう。新聞広告に自分が出した書籍が載っている。それを見つけた瞬間、「やった」ではなく「まじか」が先に来るそうだ。第一人者にとっては、そういう世界なのである。 セレンディピティの旅は、これからも田中代表を支え続ける。知恵と機転が、この先の未来に一石を投じる。何とか《する》のが、田中千恵子だ。

Vol.015  三人でかいた汗、ツーリストシップ研究所とは何なのか

住宅街の中にある児童遊園に入る。そこで、本来は目立つはずの、子どもたちが無邪気に汗をかきながら楽しむ遊具よりも、圧倒的に目立つものに出逢う。 禁止事項に満たされた『ボールを使うな』『バットを持ち込むな』『自転車を乗り上げるな』『ゴミは持ち帰れ』の看板たちだ。 書いていることはごもっともだが、どこか他人事のような、俺が言ったわけじゃないけど的な、責任転嫁の集合体のようにも映った。大人たちがここまで禁止事項を鼓舞して子どもたちを制限しておいて、やれゲームのし過ぎ、YouTubeの見過ぎと、部屋にこもる子どもたちを、まるで知ったような口調で批判する。これだけ看板が増えたということは、大人と子どもの間に、大きな距離があるからだろう。つまり、大人たちの腰砕けが生み出した看板たちだ。昔は怖い近所のおじさんが、やかましいガキ大将を叱咤し追いかけ回したものだ。今はそんな大人たちはひっそりと鳴りを潜め、静かに役所にクレームをして、黙って看板を掲げる。自らの手を汚さず、全て丸くきれいに収めていくしたたかな大人たちに嫌気がさし、コスパだタイパだと騒ぎ立てる子どもたちのやるせない想いの方がむしろ私は理解できる。子どもたちの真価本領でもあった、純で、不器用で、無邪気な汗は、もはや児童遊園には、ない。だから子どもたちは、部屋に籠る。大人たちを、バカにする。ずらりと並ぶ看板たちをみて、思った。 先日、田中代表と井本ナレーターと小生の3人で、ツーリストシップ研究所をどうしていこうかと議論をした。誰に向けて、何について、どう広めようと話した瞬間、はたと違和感があった。 俺たちはそもそも、《広めようとしていたのか》ということだ。色んな展開を水平に伸ばすことは、この社団法人の根幹であることは言うに及ばずだ。もっと言えば、ここまでの水平展開は見ていても心躍る。いいぞ、もっと広げよう、もっと触れ合おう。このビジョンに間違いはない。 しかし研究所の役割は、その水平展開と決してイコールではなかった。いわば探究であり、試行錯誤であり、横ではなく縦に、垂直に伸ばし深めていくことであったはずだ。ただの善し悪しや効果の有無を推し量るものではなく、様々な論点や疑問、驚愕の見方や変わった視点も全て包含できる懐の深さを持ち合わせること。ツーリストシップ研究所とは何かという実直な問いでさえも、簡単に答えを引き出せないほどの気の遠くなる深さ、その垂直にそびえるポールに私たちの縁(よすが)があったのではないか、という気づきだった。 児童遊園に掲げられた看板たち。遊具以上に幅を利かせたあの水平展開は、どれも正しく、立派な意思だ。しかしそこに、汗は感じられない。オートメーションのような、無機質な言葉達だ。手を汚さない高みの見物は、ツーリストシップ研究所では許容したくない。いみじくも田中代表は、その議論の中で《汗》という言葉を何度も使った。汗が大事だ、汗を感じたいんだと。子どもたちの無邪気なハートは、その汗に集約されている。たくさんの出逢い、体験が、その汗を生み、やがて立派な大人になっていく。立派とは、己に垂直に立てたそのポールで生きていくということだ。安易で他人事な看板に、そんなマインドは皆無だ。 ツーリストシップ研究所は、これからも堂々と、その垂直を生き、何度もさ迷うことだろう。そのプロセスに、私は大きな希望を感じる。ぶさいくで、不器用で、馬鹿みたいに騒ぐ大人たちが、本当の意味で子どもたちを先導していく。看板なんてはぎ取ってしまえ。俺と会って話をしようじゃないか。一緒に、汗をかこうじゃないか。 そんな未来を、創りたい。