November 2023

Vol.025  へこみ、ふてね、おこり、きづき、つかれた。

いやー、ふて寝。 ただ寝たいだけ。 ほぼ1か月ぶりの「第一声」だ。というより、私が書いたメモの冒頭だ。 行動派も時には休む。揺れ動く感情、立ち現れる現実、その乱高下する波と戯れ、彼女は遂に、ふて寝を選んだ。 2度目の福島。そこで彼女は忘れられない書籍に出逢う。 小熊英二氏の『ゴーストタウンから死者は出ない』。その一節をご紹介する。 「被災地は大変です。一生懸命やっているが、自分のやっていることがどれだけみんなの役に立っているかわからない。」 ここで読み取るべきものがもしあるとすれば、「被災地は大変だ」という労いではなく、「なぜそんな想いに苛(さいなま)れるのか」という社会構造に対しての疑問符であろう。 職員の使命感や熱っ気とは裏腹に、その熱意を受け止める「計画性」に問題が生じている。この計画で出来るかどうかも分からないまま、職員の方々は目の前の人、そして課題に立ち向かっている。皆さんもご経験あるだろうか、せっかく熱心に作ったのに「ごめん、それもういらなかった」とか言われたときの衝撃。私だったら音まで聞こえる。がびーん、なのか、どどーん、なのか、それはその時々で違うだろうが、とりわけあの被災地での懸命な努力が計画性のなさによってもし不毛となれば、「どれだけみんなの役に立っているかわからない。」と吐露されても文句はいえまい。 つまりは、実感が持てない。 疲労感だけが募る、そしてやがて朽ち果てる構造なのだ。 この実態の欠乏が、彼女の心を打った。福島の現実を見た。 何とかしないといけない、こんなの、あってはならない、と。 ツーリストシップの普及に奔走するのは、まだ見ぬ観光客や住民の方々に、もっと本来の、楽しく意義ある社会を体感してもらいたい、否、もらう「べきだ」という強い意志だ。 福島の現状への違和感、行政を巻き込んでのロビー活動、その一つひとつが、本来のあるべき姿との乖離を原動力としていた。 彼女は「まだ」20代なのか、「もう」20代なのか。40代の私に言わせれば「まだまだ若い」となるのだろうが、社会の、そして世界の在り様から逆算すれば、「あとわずか」という形容しか合致しない。待ったなしだ。その上での、ふて寝、である。それほどのインパクトを、もたらしたのだろうか。 布団にくるまった時間は、それこそ数十分か一時間か、それくらいのことなんだろう(もちろん私はよく知らない)が、彼女の体感時計では3日間くらい寝続けてしまったくらいの「冬眠」である。 「被災地は大変です。」 言葉だけなぞれば、誰もが共感し納得する。しかし、ここに行き着くまでの道のりは、その場に立ったものでなければ、分かりっこない。簡単に納得されれば、それこそ福島が黙っていない。 それでも私たちは、何とか手を伸ばし、足を向け、その場に立ってみようと試みる。目を閉じ、心を冷やし、被災に遭った方々の鼓動を探る。しかしその度に、届かない自分の手足に、響かない自分の心に、冷ややかなものを感じ絶望する。でも、…それでも、…何か一つでもと、もがき、喘ぎ、そして、「ふて寝」する。この繰り返しは、確かに悲劇であり悲哀であるが、もしかするとそれさえも唯一の希望にするしかないのだろう。被災という体験を持たぬ私にとって、それしかできない無力さが光になる。無力であるということの実感と、その実感に立つからこそできる何かを「探すことができる」からだ。 実感が、持てない。 それは何も、あのコメントに託された当事者の想いだけではない。被災者ではない、それ以外の人の心にも、その言葉は十分なほどに内包される。実感の欠乏を静かに憂いでいる。実感が持てないということを、実感として持ち得ている。この強烈な現実を抱え、その狭間で、彼女は今日もツーリストシップを生き、笑顔で旅先クイズの旗を振る。 「へこみ、ふてね、おこり、きづき、つかれた。こんな感じですかね」 セッションの後半で言い放ったこの言葉は、シンプルにして深い。言うなれば人生、案外淡々と進むものだ。そのこともまた、田中代表は理解している。 この直後、今から別の方と打ち合わせしなければならなくなったと言って、電話が切れた。残された私の中で、今日のセッションの内容を整理しながら、改めて思ったことがある。 彼女は、実感を持ちながらも、実感に飢えている。その飢えが、彼女の心と体を駆動する。 被災地で奔走する方々と、共に生き、共に未来づくりを果たそうとしている。そのためのアクションを、「今も」し続けている。彼女は「もう」20代なのだ。 ふて寝していた人の行動とは到底、思えないほどの。

Vol.024  インタビューなしでも、言葉が意味を運んできた日。

旧ツイッターがいつの頃からか140文字の文字制限を解除したあたりから、言葉と言葉の合間、文と文と間を読むようなことが減ったような気がする。 少し飛躍も込めて表現すれば、まさに「言葉通り」「文章通り」に読み取ることこそが正確で、その文と文の間に流れる微妙な質感というものは、よく言えばわかりやすく削除され、悪く言えばワビサビを失ったということか。 昔よく、できる部下・できない部下を言い表すときに使われた例え話がある。 七輪でサンマを焼いている。別のところに呼ばれ、少し席を離れなければならくなった。 A:ちょっとごめん、サンマ見といてくれる? B:わかりました。 30分後帰ってくると、真っ黒に焦げたサンマが七輪に横たわっている。 A:え?見といてって言ったのに。丸焦げじゃないか。 B:ええ。言われた通り、《ずっと見てました》よ。 言語学で有名なJ・L・オースティンは、言葉には3つの種類があると表現した。 (1)言語行為、(2)言語内行為、(3)言語媒体行為。同じ言葉でもこの3種類があるという。 例えばフリーアドレスの職場。ノートパソコンを開き、デスクワークをしている。すると向こうから、カップになみなみと注がれたコーヒーを持った若手が近づいてきた。どうやら私の隣に座ろうとしているようだ。 そこで私が「これ、ノートパソコンだからね」と言ったとする。 (1)言語行為は、その言葉の通りだ。やってきた若者に「これはノートPCですよ」と伝えた「だけ」の話。 …まあ確かに意味はそうだが、このタイミングでそれを伝えるのは、《その言葉の意味だけではなさそう》であることは容易に想像がつくだろう。 だが言語行為としては、ただこれが「ノートPCです」をあらわしたに過ぎない。 他方、(2)言語内行為とは、その言葉に込められた内側の意味を指す。 …そう、「これはノートPCだから、そのコーヒーをもしこぼしたら、大変なことになるよ。仕事にならなくなるよ、涙。」ということを、暗に示すもの。 私なりに、こぼすんじゃないかという、「虫の知らせ」を伝えたという構図になる。ノートPCであることを伝えたいわけでなく、その先に見える危機を伝えているに等しい。 (3)さらに突っ込んで、言語媒体行為。その言葉を媒体に、何かしらの指示をしているわけだ。 …「そんななみなみと注いだコーヒー持ってくるなよ。俺今大事な仕事してて、もしそこで転倒したらノートPC台無しだろ。せっかくここまでいい感じで作った作品が台無しになるじゃないか。俺の青春を返せってなるぞ。だから、向こうに行ってくれ。そもそもなんでそんな、なみなみと入れるんだよ。コーヒーはそんな大量に入れるものじゃなくて、ほどほどに入れてリラックスするものなのに、自分は好きなコーヒー飲んどいて隣人をはらはらさせてどうする。そういえば先週もお前、取引先のえらいさんにお茶出されて何も(省略)」 言葉を額面通りに取ることで、誤解のリスクを解く。また、ちょっとした言葉足らずな部分を指摘することで、その真意を正確に読み取る。確かに尊いリスクヘッジだ。 しかし、そのことが、私たちの生活をより難しくもしている。間違いを恐れ、その文脈に流れる背景や文間に内在する意味やセンスを失っていく。文脈は途切れることなく人生の幅のごとく続いていく。文間もまた、その人その人が紡いできた歴史に呼応する。コーヒーひとつでこんなザワザワを覚え、あーだこーだとブツブツ言いあうのが人間なのだ。 …実は今回、こんなに前置きが長くなったのにも理由がある。田中代表とのセッション、今週、実施できなかった。お互いのスケジュールがすれ違い、結局何も言葉を交わさぬまま、私は筆をしたためている。 ちなみに、すれ違ったときに交わしたやり取り、田中代表からの言葉は、lineで交わした以下になる。 「すみません見落としていました」 「明日でも大丈夫です」 「気づいたらこんな時間になってました」 「もちろんです!」 「ありがとうございます!」 最後の2行は、私から「今回はインタビューなしで一度書いてみても、いいですか」という私からの問いかけに応じたものだ。 念のために言っておくが、決して私が怒っているわけでもないし、「もういいや」って諦めたわけでもない。事実最初の順延は、子供を寝かしつけいている間に「しでかした」私の寝落ちが原因である。 しかし私の中で、このすれ違いにこそ価値があると感じ始めた。語られないことから立ち現れてくる文間があるのではと、ふと思ったのである。だから、何も交わさなかったところから、言葉というものを浮き立たせ、書いてみたくなった。 交わされなかった言葉たちもまた、「言葉」である。そして残された数行のlineにも、そこにしか存在しない背景があり意味があり、メッセージがあり、それこそ、「焦げたサンマ」に負けないほどの物語がある。 この5行の文章から、そしてその文間から、どんな物語が、そして田中代表のどんなアクティビティが、皆様の心に、透けて現れただろうか。 そう、彼女は全国を奔走し、留まる日が存在しない。私も些細なことだが、目の前で起こることに、懸命に歯を食いしばって不器用にもがいている。そんな我々二人のすれ違いの文間に込められた思いが、「これです」と取り出してお見せできるものはないにしても、日々の生活それ自体がすでに、みな、それぞれの劇場を生きている。そう思えば、この5行には、ある意味での非凡さを含んでいる。 「見落として」しまうほどの目まぐるしさ、「気づいたらこんな時間になって」しまうほどの充実した日々そして、いつもツーリストシップにご尽力いただき、本当に「ありがとうございます!」という感謝の言葉と置き換えられた。私個人の言い換えではあったとしても、決して誇張ではないと胸を張れる。 ツイッターで文間を失い、サンマを焦がし、コーヒーに青春を奪われたくないと独り言をぼやく、私たちが織り成す無数のコミュニケーションの一つひとつは、その場その場で顔を出したあくまでも表層でしかない。 その裏には、途方もないプロセスと、生き様がある。劇場がある。今日はそのことを、言いたくなった。 田中代表、今回初めてノーインタビューで書いてみました。ご期待に添えたかどうかわかりませんが、いかがでしたか? …え?《サンマ焦げてる》って? …ほぉ。それはどういう意味かな(笑)。

Vol.023  田中代表の徒然日記。小さな偉業が積み重なる。

恐らく私にとって人生初の出来事だった。 …のような、冒頭から勇ましい言葉で食い込むと、きっととてつもない偉業を成し遂げたのだろうと想像される方も決して少なくないだろう。 実際は(私にとっては大きかったが)、多分、そんな大偉業ではない。同じ日に、日の出と日の入りを見た、という話である。 日の出は電車の中だった。秋空に紅色が映えていた。橋を渡るその瞬間、建物がない。山から登った眩しい太陽光が目に焼き付く。直に見ては目に悪いとわかっていても、数秒懸命に凝視しては目を逸らした。 その日の夕暮れ、徒歩で先生宅に向かう途中、ある団地の小高い丘から、夕日が見えた。さっきまで大雨だったのにこの瞬間、秋空をのぞかせ、夕日が差し込んだ。思わず立ち止まり、写真に撮った。こういう出逢いこそ、偉業ではなかろうかとさえ、思うのである。 日頃、素通りしてしまいそうなものに、物語や意味が込められたとき、素朴なシチュエーションも作用して、何とも言えない温かさが体を包む。そんな体験だった。 田中代表が今夜話してくれたことも、いわば本人にとっては大きな気づきだ。しかし世間一般的には、「まあ、そうでしょうね」と思われるか「え、そうなんですか」と少々驚かれるような、そんな類のエピソードである。しかしそれは、積み重なっていくにつれ、素通りも効かなくなる。 活動の拡張に伴い、東京への引っ越しを決めた。京都で身支度をし、しばらく会えない方と飲み会を重ねた。そこでハタと気づいた。京都にいたから、今があるんだという感謝だった。去り際になって感じる有難さ。その当たり前に気づいた小さくも大きな偉業は、私が見た日の出・日の入りを彷彿とさせた。 引っ越しのおかげで、ずっと探していたものが不意に見つかった。こういうラッキーな展開もまた、感謝の対象だ。定期的な引っ越しはアリだな。探し物を見つけるために引っ越し?田中代表の頬が緩む。 ツーリストシップという言葉を持ってから、バズったよねぇ。そんな風に声をかけられる度、田中代表は複雑な笑顔を浮かべる。そうなんだろうか。自分では気づかない。今あるのは実は怒りだ。ツーリストシップという言葉よりも、最近やたらと目にする「オーバーツーリズム」。違うだろ。ここは啓蒙の心を根付かせ、ツーリストシップという言葉を広めないでどうする。というより、なぜ私にマイクを向けない。私がいくらでも話してやるというのに。 さて、クレイジーケンバンドの出番である。「タイガー&ドラゴン」の歌詞、 ♪俺の話を聞け は、もはや田中代表のための詩になりつつある(と勝手に言っている)。 ♪5分だけでもいい …のである。いや二言目には、 ♪2分だけでもいい …のである。実際に彼女は、時間と場所を選ばず、どこでも、何にでも、どんな尺でも、ツーリストシップを語ることができる。ここ最近の講演数の凄さ、そして呼ばれる数の凄さを見れば一目瞭然である。何なら10秒で語ってやろうか?そんな覇気が伝わってくる。 最近なぜか『ワンピース』にハマったらしい。このタイミングで、という疑問符は消えない。しかし田中代表にとっては、今このタイミングに、意味があるのだろう。海賊王と、ツーリストシップを啓蒙する自身のハートが、融合したのかもしれない。 小さな気づき、小さな違和感を幾重にも重ね、静かに、そして熱く過ごした2週間。引っ越しを終え、いよいよ2030年の目標に向けて走り出す。しかし他方で、田中代表は静かである。熱いんだけど、どこか涼しい。躍進の前触れ、噴火の前兆であろうか。 日の出と日の入りを拝んだその日、私はそのまま深い闇に包まれた夜の街を歩きながら、脳内再生がやまない「タイガー&ドラゴン」を心で聞いていた。最後の歌詞はこうだった。 ♪どす黒く淀んだ横須賀の海に  浮かぶ月みたいな電気海月よ  はッ! 田中代表が引っ越す町、東京で、今宵も静かに、希望の光を追い求める。その光はまさに、電気海月みたいに水面を浮かせ、輝かせていたのだろう。 俺の話を聞け。 俺が、ツーリストシップだ。はッ!