July 2023

Vol.017  場が人を動かす。「観光大使」にインスパイアされた広島にて。

2030年、人手は644万人不足する。 パーソル総合研究所が打ち出した未来予測。企業が求める人材と、仕事を求める人材との需給ギャップが、2030年、シャレにならないほどの深刻な「人不足を生む」と予言している。 他方で、それだけの人材難が揶揄されても尚、人材業界、いわゆる人材紹介会社やマッチングを生業とする業界の盛況ぶりが報道され、過去最高の増益増収とのニュースが飛び込んでくる。人材業界の盛況ぶりと、深刻といわれる人材不足の未来図にもまた、奇妙なギャップが生じている。 何とも不思議な話である。人材が足りないから企業が人材紹介にすがる気持ちはわかる。採用ができないからだ。だから人材業界は増益増収なのだろう。しかし、人が足りなければそう簡単に決まらないはずが、決まるところは決まっている。採用できない実態が、人材紹介会社の売り上げを伸ばしているという、ややチグハグな相関関係がある。一体この出来事が、私たちに何を示唆していて、何を意味しているのだろう。ずっと考えていたテーマだったが、そうかと気づいた瞬間があった。人不足だけが問題ではなかったのである。 田中代表の鼻息は、今日も荒々しい。新しい気づきや、大きな見通しの立つアイデアが思い浮かべば浮かべるほどに、その語気には気合が乗る。結果、鼻息が荒くなる。 旅先クイズの出展を、広島で開催。運営クイズの出題者を初めて「ひろしま観光大使」の方々と共同した。ちなみに「観光大使」とは広島をPRするボランティアの方々のことで、報酬はない。そういう方々との旅先クイズを展開したのである。そこは想像を絶することの連続だった。やることなすこと全てにおいて、観光大使の皆さんの気合の高さ、鼻息の荒さ(違う意味だが)に脱帽した。 ここまでやってくれるのか。満足に休憩も取らず、観光客がそっとテント内を覗けば、わずかの休息で口にしていたおにぎりでさえ脇に置く。このホスピタリティ、本物だと田中代表は感服する。 2030年、人手は644万人不足する。 本当にそうだろうか。どうも怪しいのだ。あれだけの観光大使の皆様の八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見るにつけ、大暴れしたい人、お役に立ちたいと希(こいねが)う人たちは、実はもっともっとたくさんいるのではないか。人不足って、本当なんだろうかと。 人が足りていないのではない。その気合の、その情熱に耐えうる思いの丈の、受け皿がないのである。一人ひとりの個性やポテンシャルを、発揮できる場を生み出していない可能性がある。 ただ淡々と、「こういう作業してください」とか「これさえすればいくら払います」のような、実に功利的に見えて想いの乏しい場創りが横行しているから、人材はその場に振り向かない。どんな仕事にも、想いがあり、気合があり、広島の観光大使のような志がある。人不足の前に、場所不足。志を立てる場所の、不足ではないか。そう仮説を立てれば筋が通る。広島の観光大使を募集した際、たくさん旅先クイズ会に応募頂き、なかなかの倍率だったことを田中代表から聴いて、余計に思った。 企業戦士として奮闘してきたベテランサラリーマンの方は尚更だろう。この多様化した社会は、一時期を築いた勇者たちにとって、VUCAに表されるような住みにくい時代ではない。もう一度、あの青春を呼び起こす、実は「好機」の時代なのである。 そう思えばニッポン、まだまだ余力がある。労働生産力といった、数の論理ではない、違った余力だ。想いであり、想いからくる行動であり、俺はここにいるという自覚であり、その信念の、その志の発揮すべき余力を、手をこまねいて傍観させるわけにはいかないのだ。虎視眈々と、志が、その場が、狙っている。だから、旅先クイズ会が盛り上がる。その場に、その余力に、ひとの心は踊るわけである。 人不足を超えた、場所不足。志の開花する場所不足。その不足を補うに余りあるポテンシャルが、このツーリストシップにはあったという、広島でのエピソードである。 ちなみにこの「ひろしま観光大使」になろうと思えば、どこに住んでいても、いつからでも誰でもなれるそうだ。この門戸の広さ、そして未来志向の着想が、あの生き生きとした旅先クイズ会を輩出したという意味でも、納得がいった。開かれた社会は、ツーリストシップの目指す大事な一里塚だ。

Vol.016  無計画であることの大切さ。それを何とか《する》のが、田中千恵子だ

「これで、何とかなりますか?」 定例ヒアリングの後半で田中代表が、思い出したかのように言い放ったこの言葉。無論、何とか《なるか》ではなく、何とか《する》のが私の仕事だ。だから問題ないと言ったら、 「経験は、きっかけですからね」 という、何とも言えないフレーズが追い打ちをかけた。確かに今日は何のテーマを扱ったのか、うまく整理できない。そもそもツーリストシップ史上に残る大偉業のことには一切触れず、ただ出てくる田中代表の感情を受け止め続けていた。この不意のやり取りをしながら、ふと頭に浮かんだ言葉があった。 セレンディピティという言葉である。「思いもよらないもの」「偶然の出会い」によって運ばれてくる幸運のようなものだ。 出逢いの全てがもし、計画されたもの以外には起こりえず、予測できるものであったとすれば、何と安定したつまらない人生なのだろうと思うことがある。人の気味(きび)というものは、幾多の不意打ちによって作られている。人は約束されていないことに出逢うたびに、人生の奥深さと、ある種の使命感のようなものを抱く面倒な生き物なのだろう。「ありがたい」とは「有難い」であるから、感謝にはいつも「普通あり得ない」「予測できないもの」であることが本来は大前提なのかもしれない。感謝の数は、つまりは不意打ちの数。だとすれば「無計画」というものも、あながち悪くない気がする。 そもそもセレンディピティという言葉は、ペルシアに残るおとぎ話『セレンディップの三人の王子』が起源だと言われている。父王に命じられて旅に出たセレンディップ(現在のスリランカ)の3人の王子が、途中で遭遇するトラブルを、それぞれの知恵と機転で見事に解決していくというお話し。 田中代表のここまでの歩みは、きっとこの知恵と機転によるものだったのだろう。3人の王子と同じく、彼女はツーリストシップという航海の旅を、こうしてセレンディピティに舵取りしている。 もしかしたら、彼女に「計画」というのはいらないのかもしれない。事実彼女は、幾多の不意の出逢いの積み重ねで今日を迎えている。約束されたものなど何一つなかったはずだ。その出逢いを田中代表は、ただただ《有難く》受け止め、その感謝を形に変えていった。 そう、その感謝の形の一つが、本来ど真ん中で取り上げるはずだった、ツーリストシップの書籍が遂に発売になって、京都の書店のあらゆるところで置かれている、という史上最大級のニュースであった。この偉業を差し置いて、彼女はその「無計画」を語り出したのだった。 でもこれで合点がいった。書籍の誕生は確かに偉業だが、もちろんゴールではない。その先に大きなミッションを見出したるものにしか映らない景色を、彼女は懸命に逃すまいとロックオンしている。だから、書籍のことはもう既に、「次の何か」の布石になっている。 「これで、何とかなりますか?」 ハッキリ言えば、何も、何ともならない。何ともならないから、「何かが生まれ続けてきた」のがツーリストシップの歴史であり未来だろう。だから、何とか《する》。そういうことでこれからも、ツーリストシップは歩み続けていく。 彼女に圧し掛かった責任というものが、この本には乗っかっている。だから書籍の誕生をまだ「喜ぶものではない」のだろう。新聞広告に自分が出した書籍が載っている。それを見つけた瞬間、「やった」ではなく「まじか」が先に来るそうだ。第一人者にとっては、そういう世界なのである。 セレンディピティの旅は、これからも田中代表を支え続ける。知恵と機転が、この先の未来に一石を投じる。何とか《する》のが、田中千恵子だ。