March 2023

Vol.008 『8.6ツーリストシップサミット』が、“本質記念日”になる理由

私たちが一日のうちに、街中で目にする広告の数は4,000~10,000と言われている。 目まぐるしい広告の数は、言い換えれば狂おしいほどの「これ、買ってください」が横行する資本主義社会。 通販で購入した途端に、リコメンドが追い打ちをかける。これもある、それもある、あれもいい、これも、いい。息つく暇もない波状攻撃を前にして、私たち本来の意思はもしかすると蔑ろにされ、《買わされている》かもしれない虚しい実態を浮き彫りにする。 ネット社会、SNS効果によって便利になった社会の副作用であるとも表現できるが、実はここ最近になって言われた話ではない。江戸幕府の末期、大政奉還の5年前にドイツの労働運動家フェルディナント・ラッサールが、既にそれを指摘していた。 彼の主張はこうだ。本来は欲しいと思う人のニーズがあって初めて、供給や生産が生まれるもので、買う側が欲しいと求めるから作り手はそれを作り販売するという順番が正常である。だがそれはもはや逆転していて、生産と供給が欲求に先行し、作る側が買う側に対して、購買意欲を強制しているという主張だ。 つまりは、1862年当時から彼は既に、世界市場のためにモノが生産されていることを指摘していたのだ。欲しいから作るのではなく、欲しくなるようなものを作って、無意識にそれを選択させようという巧妙なマーケティングが昔から始まっていたわけである。 驚くべきは、そんな昔からもう私たちはずっと、「欲しいから買う」のではなく、「呼ばれたから買っている」操られたかのような生活を営んでいたということだ。それくらい、欲求に対して、生きることに対して、本質を射抜くことは難しい。数多ある誘惑との戦いでもあり、作る側と買う側との綱引きは今日も例外なく社会を動かしている。 目指すものは何なのか。今私は、何のためにこれをやっているのか。この本質的な解答になかなかたどり着けない私たちの有様も、ある意味頷くしかない。外からの刺激によって手足を動かしてきた私たちが、いざ「私たちから」その手足を動かす方法論を、もはや失って久しいわけである。 悲観論ではない。これは私たちにとって希望なのだ。世の中に出回る「買ってください」に、あえていえば《期待する必要はない》のだ。何が出回ろうとも、どんなノウハウが世に出ようとも、そのキャッチーな甘い蜜には、甘いなりの理由がある。そのことを胸に忍ばせ、本質を生きる可能性は、「買わされている」私たちだからこそ成し得る事だと思うからである。 8月6日の第二回ツーリストシップサミットは、本質と向き合う機会にする。私たちが心の底から、求めたいもの、得たいもの、到達したい高みを目指す。集まってくれる方々の笑顔を想像し、ツーリストシップを生きるという確かな選択肢は、私たちを揺さぶり続けるあの秀逸なリコメンドには決して検知されまい。だからこそ、開催する意義がある。 2023年8月6日は、私たちがその本質に向かい合い、求め合い、心が喜ぶ方を選択する記念日になる。その幕が切って落とされたのだ。 「お越しになる方々の笑顔をイメージすることから始めたい」 今夜もぎりぎり終電に飛び乗った田中代表の、静かな、けれど熱い決意表明だ。成功の方程式は案外単純だ。人が一日のうちに目にするであろう4,000~10,000の広告が、一切目に入らなくなった時が、サミットの成功を意味する。その日までのカウントダウンが、今夜ここで、打ち鳴らされたということだ。 京都大学の時計台。ツーリストシップという本質が、学問の社(やしろ)を、射抜く。 (1379文字)

Vol.007 ぶれない錨(いかり)をもつ、田中代表の生い立ち

前回取り上げたツーリストシップの行動指針「HARF」の文脈の中で、もう一つ興味深いやり取りがあった。一体ツーリストシップとはどういうものか、改めて生まれたその大きな問いに答えているうちに、話はやがて、田中代表の生い立ちに辿り着いた。 お父さんの仕事の都合で、田中代表は転勤族だった。行く土地がコロコロと変わる。その行動範囲によって柔軟性は身に着いた気がすると自覚しているが、同時に「郷土愛」のような、地元を愛するというような気持ちがどうも持てないという悩みだった。しかし、だからこそ、色んな土地に出向く旅への興味関心もまた、沸き起こったのだろう。 行く先々で出逢う、住民の方々の想いや苦悩も、却って身に迫るものがあった。そんなことを話していたら、ふと田中代表の声色が変わる。 そうか。私は日本に来る外国人に、この場所を荒らしてほしくないと思っている。荒らしてほしくない代わりに、私も外国に旅行に行ったら、絶対に荒らさない。これが、ツーリストシップが生まれた原点かもしれない、と。 だから「あなたにとってのツーリストシップは何ですか」という問いが生まれる。その問いは、田中代表の、転勤族だった背景と、行く旅行先で見聞きする課題感とが掛け合わさっている。やがてそれが、今日のバイタリティとして育まれる。 人間が生み出す夢、目標、渇望といったものは、恐らく個々の生い立ちや背景が色濃く反映される。それが原動力となって、自身を奮い立たせる。 田中代表もまた、その幼少期の体験を活かし、世界に向けての大海原の旅を志すに至った。団体の規模や活動の大きさが価値ではない。その描く志の、想い抱く生き様こそ価値であると、彼女の言動を見るにつけ、思うのである。 生き様を育む生い立ちというものは、その先の捉え方によって、プラスにもマイナスにもなる。そのことを、田中代表が、自らの心と体で表現している。 日頃見せるその笑顔は、その志が生み出している。彼女の心には、不動の錨(いかり)が、海の底に深く突き刺さっている。どうりで、ぶれないわけである。  (850文字)

Vol.006 ツーリストシップ行動指針「HARF」について

人間という生き物は奇妙なもので、「やってはいけない」と言われると、やりたくなる特性を持っている。 それは、年末恒例となった「笑ってはいけない」番組で、出演者が事あるごとに「笑い出す」あの有様を少しでも見たことのある方なら、想像は容易いだろう。ただあの番組は、無理やり笑わそうとしているので少し意味は異なるが、「してはいけないこと」に対して人間は、そのように「やってしまう」生き物なのかもしれない。 ツーリストシップが掲げる『具体的な行動指針』として、「HARF」というものがある。これは、鍵カッコも含んでの、それぞれの頭文字。Lという文字を回転させ、鍵カッコとして表現した、何ともシュールな行動規範だ。 旅行前に調べること、旅行中は元気な挨拶をすること、聞くこと、読むこと、守ること、そして旅の後、そこで体験したことを「活かす」こと。この6つになる。 様々ある標語は、良くも悪くも抽象度が高い。そこを田中代表は、わかりやすい形で、あえて「こうだ」と具体化した。賛否あるだろうが、この辺りはツーリストシップの普及を考えた、田中代表の愛情ともとれる気がする。 特にこの6つに優先順位があるわけではない。しかし田中代表が特に声を大きくしたのが、「元気な挨拶」だった。 スポーツでも社員教育でも、挨拶が大事だと、聞かない時がない。それくらいもはや、どこでも言われている標語に、あえてツーリストシップは「その意味」を説明する。 挨拶をする意味、それは、挨拶によって旅行中での恐怖心を取り払うことができるのだと。挨拶がないと、その人が何を考えているのか、どういう人なのかさえ入ってこない。恐怖心が先行すると、自己防御のために関係性が悪くなる。この悪循環は、「元気な挨拶」から取り除くことができる。だから、挨拶は大事なんだよという説明だった。 しなければならないことには、理由がある。その理由が、旅をする私にとって価値があり、意味がある。だから私たちは、そのことを行動に移す。「やってはいけない」ことを「やってしまう」くらいの、人間の厄介な特性である。理由なしで「やりなさい」を、素直に従うほど、人間は素直じゃない。だから「笑ってしまう」のかもしれない。 ゴミを捨てるなと言われても、「捨ててしまう」のが人間である。それくらい、他人から言われて実行することを嫌う。しかしそこに、私にとっての意味があれば、私事(わたくしごと)としての理由があれば、話は別だろう。そんな人間のメカニズムを田中代表は計算して「元気な挨拶」を掲げたのだろうか。わかりやすさは、わかりやすい意味とセットであることで行動が生まれる。その行動に影響力が生まれる。やがて、ツーリストシップが広がり出す。そのことに気づいた瞬間だった。 「HARF」という標語は、優しい意味だからこそ、深い意図を持っている。この言葉が修学旅行生や様々な方々に広がり、意味と共に深化拡大していくことを、願わずにはいられない。 しかしこの「HARF」というネーミング、何とも美味しそうというか、爽快感というか、清潔感漂う透き通った香りがこちらまで届いてきそうな、そんなオーラを感じる。 って、それはハーブやないかい! …ダダーん。たなか、アウト。 ライター 弓指利武 サウンド 井本ゆうこ