February 2024

Vol.30 南国の空に、浮かぶ凧

暖冬とはいうものの、なかなかな底冷えの2月。田中代表は石垣島にいた。 「飛び込みたくなりますよ」 冷える本州とは裏腹に、石垣に映えるのはまさに燃える海、青い空。島が織り成す誘惑に体が吸い寄せられる。 『凧(いかのぼり)きのふの空の ありどころ』 与謝蕪村氏が詠んだとされるこの歌は、空に舞う凧を見て、いつかの空を思い出したという意味があるそうだ。その時思い出した蕪村氏の空は、いつの、どんな頃の自分であったのだろう。果たして石垣の空は、田中代表のツーリストシップを、どのように映し出したのだろうか。 この日のセッションは、「食べていけるかどうか」という話が後半を占めた。数々の学友たちが就職していく中、田中代表はほぼ一人で、この社団法人を立ち上げ、いわば他とは異なる道を選んだ。資金繰りは大丈夫か。人は集まるのか。試練は多く、障壁もあったことだろう。あの日、どうしようもなく天を仰ぎ、嘆いたであろうあの空たちは、今の田中代表にとって、どう映るのか。当時の大変だった頃(今も決して大変ではないということではないが)凧が仮に空を泳いでいたとしても、彼女の目に入ることはなかっただろう。 石垣島の方々との触れ合いが、更にツーリストシップを大きくした。語れば語るほど、膝をつき合わせればつき合わせるほどに、関係性が築かれ、新たな展開が生まれていく。人は仕組みでは動かない、関係性にこそミッション実現の糸口がある。鼓動を傍で感じられるような距離感にこそ、本当のツーリストシップがあると実感する。 石垣島での滞在で、改めて思ったことがある。資金面において、もっと有効活用できる方法はあるはずだと。もっと効果的に、そして効率的に、ことを進める手立てがある。滞在の中で、島民の方々と触れ合う中で、思っていたことがやがて確信に変わる。だからこそツーリストシップが必要なんだ。だから私はこうして、稀有な道を、いばらの道を選んだのだ。凧が舞うあの空に、南風が吹いた瞬間だった。 気が付けばこの連載も30作を迎える。果たしてどんな方々に、どんなことを思い描きながらご覧いただいているのかは、小生知る由もない。行為そのものとしては、ただ空に向かって空砲を打ち鳴らしてきたのと同等であろう。しかしその空に、どんな意味を見出すかは自由であり、選択の余地は広い。読者の方々からの反応は力になるが、その反応ばかり追っていては肝心なことを打ち損ねる。寄りかかり、解き放ち、この距離感の連鎖が30作を生んだといっても過言ではない。そういう節目に、この石垣島の、そして「きのふの空」を取り上げたことは、決して偶然ではない気がしてくる。 「飛び込みたくなりますよ」 日々《飛び込み続けてきた》田中代表の言葉だからこそ思わされる。実はもう彼女はその海に飛び込んでしまったのではないかと。南国の海とはいえ2月である。想像するだけで鳥肌が立つ。実際あの後、本当に《飛び込んだ》のかどうかは、想像に任せることにしよう。 『凧(いかのぼり)その空砲の ありどころ』 拙い文章にここまでお付き合い頂いた皆様に感謝を添えて。改めてこの場をお借りして、御礼申し上げます。小生の空砲が、皆様の心に、その青い空に、どんな音色を響かせているだろうと想像にふけりながら。そして田中代表が、2月の海に飛び込むさまを、想像しながら。

Vol.029  いま、「ゆらぎ人生」が面白い。

私のわがままで、今日は早朝からのヒアリングをお願いした。最近夜中にやると、うちの子どもたちの評判がすこぶる悪い。「夜遅くに何やってんだ」というお叱りを受ける始末だ。無論、やっていること自体は非常に健全であることは間違いないのだ(というか信念しかないわけだ)が、日頃「早く寝ろ」とまくし立てているのは親である。まあ子どもたちの言い分はごもっともであり、従うべきだ。…まさか、 「いいか、お前らは余計な事言わなくていい。俺に時間帯など無関係だ。いいから黙ってろ」 みたいに言うわけにはいかない。昭和の親父ならばこういう感じなのだろうか。我が家にそんな文化はない。ダメなものはダメ。その理屈に立場も年齢も関係ない。昨晩も食事中、「左手はテーブルの上!」と長女に叱られたばかりだ。そういうわけで今日は、田中代表には早起きをしてもらおうと思ったのだが、既に彼女はもっと早く起きていた。 田中代表の、忙しい合間を縫っての早朝である。福岡空港にて移動しながらのヒアリング。横から聞こえる歯切れのいいアナウンスの発生が時折、対話の中に滑り込んでくる。その都度ヒアリングは中断され、聞き返し、仕切り直される。 電波の都合、騒音の侵入、それらをかき分け、文字に起こす。このありさま、「そんな簡単に、すんなりいかない」ところがまた憎いとでも言いたげだ。どこか、人生の縮図にも思えてくる。言葉の断片だけが耳に入る。決して悪いわけではない。その断片から想像される全体像が、創造性を生み、夢を創り出す。不完全を危惧するよりも、この不完全な断片が面白いのである。今ここにあるノイズでさえ、出逢いである。そう思いながらも、何度も聞き返す自分がいた。 大分での講演を終え、田中代表は心が震えた。書籍にサインを依頼され、「また来てください」と言われたこの地を、田中代表は「今後もイベント等で注力したい場所になった」と声が弾む。それはツーリストシップの未来に対する大きな期待であった。だから余計に、その想いが、暖かさが、しみた。大分の地元の方々の、まさに誠心誠意のおもてなしが、田中代表の心を打った。感謝の念に堪えない感覚を持ったまま帰路につく。当然のように、後ろ髪を引かれる。「また来たい」が自然と沸き起こる。感謝の連鎖が生まれた瞬間だった。こういう出逢いの連鎖を、幾度となく経験してきた田中代表でさえ、今回の体験は稀有だった。 他方で課題もあった。この先のビジョンに対しての、協力者(メンバー)との向き合い方である。ツーリストシップを2024年の流行語大賞にする。そのためにも海外での認知を上げていく。その力強い宣言の裏では、「誰と」その喜びを分かち合うか、社団法人としての活動そのものを見つめ直す時期にきたと感じている。言い出しにくそうに切り出すその声色は、少し揺れ動いてはいても、澄んだものを感じさせた。 たくさんの方々に支えてもらった、その感謝をどうやって返すのか。メンバーの顔が浮かんでは、思うことがあった。「そんな皆さんご自身は今、それぞれの場で、何を思うのだろう」と。田中代表は今頃、飛行機の中で「揺れている」。 いま、「ゆらぎ人生」が面白い。 文筆家の藤井康男氏が30年ほど前に書いた書籍のタイトルである。詳しく読んではいないが、私も意味は違えど、「人生は揺らぎではないか」と思うことがある。その揺れの中にいるからこそ、芯は掴める。直線でつながれた最短距離の成功では、あまりにもドラマがなさすぎる。今まさにその「揺れ」こそが、田中代表にとってのジャンプ台になるのだろう。 論点はもう一つある。ジャンプするそのバスに、誰と乗るか、という問題である。ツーリストシップのバスは、既にかなりの速度で駆け抜けている。先日、世界的に権威のある『X.Awards』で田中代表はリーダーシップ賞を受賞した。決して簡単な事ではない。目覚ましい活躍、加速するバスがこうして形となって証明された。今後益々加速していく。その加速するバスに誰を載せるのか。揺れるバスの車窓から、何が映るのか。ツーリストシップは田中代表に、誰を乗せるのだと、囁いているのか。 「家揺れてるって。やめて」 貧乏ゆすりする私を諫(いさ)める長女の指摘が今日もこだまする。その声に耳を傾けるかどうかは、この先の長女との関係性を左右する。私のバスにはもちろん、家族が乗っている。左手を指摘されても、貧乏ゆすりを叱責されても、私にとってそれは痛い指摘と共に、何にも代えがたい貴重な財産だ。 しかしツーリストシップとなると、そう簡単ではない。様々な時代の流れや市場の揺れを感じながら、社団法人としての在り方が問われる。様々な揺れに身をゆだね、決断していく運命を背負うのだ。 いま、「ゆらぎ人生」が面白い。 この言葉、俯瞰すればするほどに、今後を左右する重要なキーワードに見えてきた。「ゆらぎ人生」とは何なのか、藤井氏に直接聞きたいところだが既に鬼籍に入られている。田中代表がその答えを見つけ、走らせたバスがいよいよその目的地の前にやってきたときに、真相がわかるのだろうか。 真相はさておき、ただ言えることがあるとすれば、今朝、我が子どもたちの忠告通りに夜中のヒアリングを回避したことで、幾分評価が上がるだろうことは間違いない。何にせよ、ストレートにものを言ってくれる存在は有難い。痛いことを平気で言ってくる煙たい存在こそ、同じバスに乗せるべきかもしれない。そんなことを思っていると、薄暗い空に朝日が昇った。 うん、今日みたいな「揺れる朝」も、悪くない。そういう揺れを《感じ続けられる》ことが、生きるということだと思うから。