August 2023

Vol.019  奇跡は生み出すもの。「…あっ」という出逢いに魅了され。

カッコよく言えば、マーケティングという話になる。 ちょっとした流行りの言い方を添えれば、マッチング、とでも言うべきか。 「出逢う」ことの価値と難しさについてが、今回のテーマになった。 昨今、様々なマーケティングリサーチの手法が世の中を席巻し、ノウハウ本はそれこそ枚挙に暇(いとま)がない。 より効率的に、そして効果の出せるローコストでのマッチングは、商売をする上で必需品である。 ストーリー戦略、カスタマージャーニー、それこそ多様なフレームワークは、私たちの頭脳と心を揺さぶっていく。 一方で、意図しない、狙わない出逢いというものへの価値も、日に日に上がっている。 舞台は変わり夕暮れの図書室。ふと気になった本に手を伸ばすと、隣から同じタイミングで伸びてくる手が。 そして二人同時に、声が出る。引っ込める手と同時に、互いの目線が交差する。 「…あっ」 いかんいかん。そんなベタな恋愛ストーリーを語りたいわけじゃない。 でも、こういう不意の出逢いは感動を膨らませる。 Vol.016で書いた「セレンディピティ」に着想が近い。 「旅行者が嫌われない世の中にしたい」 そんな想いを持った方に、田中代表は出逢うことができた。 しかも、人づてに紹介された奇跡のリレーによるものだった。 出逢いはどこで始まるか分からない、 まるで「決められていた」かのような錯覚を起こすものほど、その奇跡の偶発性は驚異的なレベルになっていく。旅行が好きで、旅行を愛し、これからも楽しい旅行が続けられる社会にしたいという想いが、田中代表とをつないだ。 しかし奇跡とは偶然ではなく、生み出すものなのかもしれない。偶然に身を寄せたとて、人生はそんなに長くはない。キャリア論の巨匠、クルンボルツ博士が提唱した『計画された偶発性理論』でさえも、偶然の出逢いには5つの要素が不可欠だと説いた。好奇心や冒険心、楽観性や持続性そして、柔軟性が必要であると。 図書室での運命のような出逢いも、マンザラではない。好奇心を持って本を読もうと図書室に足を運んだこと、そして興味のある本が目に留まり、迷うことなく手を伸ばした冒険心、そしてそして何より、これは私の妄想が大半を占めるが「あわよくばいい出会いが欲しい」と潜在的に願い続けていたからこその、「…あっ」ではなかったのかと。 「でね、10月9日の4周年、もうはっちゃけた感じで、野球大会とかどうかなあって。ははは」 田中代表はもう違う話をしていた。「…あっ」さえも言わせない速度観。好奇心が拍車をかけ、まずやってみるが先に立つ世界。楽しくなければ続かない。出てくるアイデアの蛇口を締めるな。ツーリストシップの心意気が、『旅行者が嫌われない世の中』を創り出していく。クルンボルツ博士も真っ青の、偶発性理論を地で行く人である。「…あっ」なんて、そんなマドロッコシイことなんか、言わせない。 「じゃあ、10月9日のレクリレーション大会、弓指さん考えてくれません?」 …あっ?

Vol.018  なぜ田中代表はサミット当日、講演スライドを「捨てた」のか。

第二回のツーリストシップサミットが終わった。安堵なのか、反省なのか、田中代表の口数は思った以上に少ない。 それは気落ちを意味していない。むしろ、伝えたかったメッセージを伝えきった人のそれであった。 重みが欲しかった。 過去幾多の講演会で、またセミナーで、積み上げてきたプレゼンノウハウや伝達術を、8月6日のあの登壇の瞬間、彼女は捨て去った。美辞麗句を並べ、即興でなぞるような便利なプレゼンを駆使したところで、一旦何を魅了するというのか。 いい会よりも、「残る」会にする。その決意が、あの直立不動の講演を生んだ。 帰るなき 機をあやつりて 征きしはや 開聞よ 母よ さらば さらばと 歌誌「にしき江」主幹、鶴田正義氏の読んだこの詩(うた)は、知覧を飛び立ち、決死を遂げた特攻隊員を想い詠んだものだ。 もうあれから80年が経とうとしている。それでもなお、色褪せることなくこの詩が知覧特攻平和会館に鎮座するのは、命を賭した者への重みであり、未来へのコミットそのものだったからだろうと思うのである。 きな臭い話をしたいわけではない。戦争とツーリストシップとの対比や風諭(ふうゆ)がしたいわけではない。心に残るということは、そして心に「残す」ということは、実に重く、切実なる柱を立てるということであり、田中代表は、あの時計台のど真ん中で未来への柱を立てた。魂が揺さぶられたという感想が絶えなかった理由も、そこにあるのだろう。「さらば さらばと」とは別れではなく、生き抜くという決意の詩である。 第二回の終焉は、つまりは第三回の始まりを指す。いい会だったねと、互いに慰め合うことはしない。向かう先は、ツーリストシップが地球に違いを創る日、そのコミットする近未来から目を離してはいけない。 うまくいったかどうかは、今の私たちが評価を下すことは許されていない。やがて訪れるその歴史が証明する。田中代表の口数が少ない意味は、恐らくそこにあった。だから、希望が持てる。だから前に進む。「今か 今かと」。 鶴田正義氏が詠んだあの詩は、鎮魂歌であり希望の詩だ。それは、共に歩み、共に分かち合おうとした男の想いであったからだ。だから私たちは、このかけがえのない「今」を享受させて頂いている。やがて私たちに、今を生き抜く決意が芽生える。そしてこれからも、私たちは、未来を生きる。 8月6日当日、この猛暑の中で、あの時計台に足を運んでいただいた、皆さまお一人おひとりの想いと共に。