August 2024

vol.40 押しては返す波のように、ツーリストシップは発展する

もうここまで場慣れして「緊張しなくなった」田中代表が、なぜサミットで足が震えたのか。サミットを終えた電話でのセッションは、この話でも持ちきりとなった。 いや、ちょっと違う。持ちきりだったというよりも、考えが割れた。 ちなみに田中代表の足を震えさせた緊張の原因は何か。それはサミット前日に、石垣島からお越しのミュージシャンの生演奏を聴いちゃったからだ。ライブでしか感じ取れない生の音、臨場感、振る舞いが、田中代表の心を揺さぶった。心までは良かったが、翌日のサミットでその想いが増すあまり、足まで震え上がらせた。一ファンになってしまうと、どうしても我を忘れる。尊敬という想いが先行し、正常な進行を妨げる。公私混同はプロではない。その思いが田中代表をして「プロたるもの、律する心が大切」と言わしめた。そういえばWBCの決勝戦、日本対アメリカ。メジャーリーガー勢揃いのアメリカを前に、確かに大谷翔平選手は諭した。「今だけ、憧れるのはやめよう」と。だから優勝できた。田中代表の反省節が続いた。だが私の意見は少し違っていた。ファンであるがために我を忘れ、公私が入り乱れる有様は、むしろ見せたほうがいいと思っている。できあがったもの以上に、想いが溢れるリアリティの説得力は絶大だからだ。だから反省など必要ないと言った。そういえば坂口安吾は『日本文化史観』で言っていた。美というものは、美を意識した途端に生まれてこないものだと。法隆寺が焼けても一向に困らぬと書いて、当時世間にどえらい印象を与えた。でも私は法隆寺は是非これからも焼けずに存在してもらいたいと思っている。 これは一体何の話や。こんな具合である。この掛け合いを続けていて思ったことがある。サミットでも恐らく、舞台と観客席との間で、様々な対話が展開されたに違いない。今後のツーリストシップの発展が、どれだけ多くのの国際問題を解決できるか、そのビジョンを最も鮮明に描いている田中代表たればこそ、あのサミットを成立させた。このリアリティには勝てない。そしてこれからも、このリアリティと共にツーリストシップは生きる。来年のサミットも8月6日、まだ内容は決まっていない。次回のサミットまでに、それこそ幾度となく繰り返すであろう、あーでもない、こーでもないという議論。そのプロセスこそが宝である。とんがったり、丸まったり、近づいたり、離れたり。まるで押しては返す波のように、ツーリストシップはこれからも意義あるプロセスを遺していく。 ところで田中代表にとって今回のサミットは、例年になく「楽させてもらった」そうだ。サポーターも増え、ますます馬力を増したツーリストシップである。そう思えば、胸きゅんでサミットに登壇したなんて話は、むしろ微笑ましい部類に入るではないか。事実、その余白ができたことで、田中代表もこうして俯瞰できた。胸キュンもできたわけである。 って、それこそ何の話や。…てな具合の、こういうプロセスも、あっていいのである。

vol.39 あいさつ一つで、ツーリストシップは生まれる

早朝、雨戸をあけて胸がすくんだ。家の前で人が倒れている。既に数名が群がっていた。そもそも何が起こったのかさえ分からないが、倒れていることは間違いない。ただ、群がる人たちの動作を見ていて、助けるでもなく関わらないでもなく、何とも言えずキレが悪い。仕方なく着替えて靴を履き、傍に向かう。見れば泥酔してイビキをかいている。既に警察を呼んでいてそれを待っているという。寝ているとはいえ地面に横たわっているわけだから、もしかすると夜中に喧嘩でもしたかもしれないし、頭を打っているかもしれない。血痕や争った跡があれば大事と思い近くの公園をのぞくが、いつもの平然とした静かな公園だった。救急車は必要ないかと言っている間に警察官がバイクで到着、家族の方と共に運ばれていった。そこに群がる近所の人と、何を話すでもなく、その場から離れた。実にキレの悪い出来事だった。 キレが悪いのは私も同類である。どちらかと言えば関わりたくなかった。ここで振り返って気づいたのは、普段から近所に誰が住んでいるか、まるで理解していないという事実だった。知り合いでもあれば、もっと機敏な行動を取ったかもしれない。ましてや倒れている人が大切な人だったら、こんなもんじゃないだろう。つまり、挨拶もろくにしない者同士が集まると、有事であれ平時であれ、この関係性に融合も何もあったもんじゃない、第一何の役にも立たないという強烈なリアリティがあった。 さて、気分を害する導入を詫びながら、ツーリストシップである。8月6日のサミット直前に田中代表から「コミュニケーションを取っていくことの重要性」を聞いた。万博を契機に、観光街づくりについて考えていきませんかというのが今回のテーマだった。旅行者も住民も、そして観光業を営む人も、分かり合おうとは言ってもいきなり有効的な関わりを創り出すことは難しい。どうしてもそこに立場の違いによる壁というものが介在する。ただ単純に挨拶をして声をかけていく小さな試みで、壁はやすやすと超えていける。それぞれの立場に巣食う億劫さを、たった一言のあいさつで克服できるかもしれない。その可能性を田中代表は改めて示唆してくれた。 沖縄からミュージシャンもやってきた。前回の倍以上のサミット動員数は、ツーリストシップの成長を暗示する実績である。難局を幾多も乗り越え、複雑な国際問題に真正面から向き合い続けてきたツーリストシップが、今更ながらコミュニケーションという手垢付きまくりの大命題と対峙していた。それでも人は分かり合えないでいる。近所づきあいで、挨拶一つできない関係性はあちらこちらに存在している。田中代表はその対話の重要性として「信用の回復」という言葉を使った。回復という言葉が妙に刺さる。あの早朝、キレの悪さを露呈した諸々の光景がオーバーラップする。単純なものほど、対策は難しい。ツーリストシップは、近所の人との関係性にまで言及していた。何とも言えない、バツの悪さである。 これを書いているのは、既にサミット開催後である。お恥ずかしながら私はサミットに行けなかった。明日、田中代表と電話面談の予定である。実に充実した報告を聞くことができることは想像に難くない。ところで倒れていた人は無事だろうか。そんなことをふと思い起こしながら、もしあの場にツーリストシップのマインドが花開いていたらと、その面影を追いかけてみる。ああ、なるほどと、納得した。あいさつはやはり関係性構築の軸である。その一言で壁は溶けていくのであると、今更ながら、気付かされた。

Vol.38 温泉につかりながら、ツーリストシップを想う時

今日は珍しく、鹿児島は指宿にある山川港を望みながら書いている。皆さんにとっては「だから何なんだ」という話だろうが、言うなれば「なんちゃって」出張版活動コラムである。先週、田中代表からヒアリングした内容を反芻しながら、温泉帰りの客を横目に、フロントのフリースペースでキーボードを叩く。 食と文化と歴史に事欠かない鹿児島の醍醐味を、コラムで表すのはあまり得意ではないが、普段と異なる場所で書くと、文字の質感や出力される表現具合は多少変わるかもしれない。そういうことくらいは何となくであるが書ける。山川港と言えば16世紀、西欧諸国で初めて紹介された日本の場所と言われているし、鎖国の中で琉球王国との貿易窓口にもなっていた。外へ外へと向かうには、何かと便利な港だったわけである。 ツーリストシップもまた、外へ外へと向いている。日本の旅行に留まらず、海外展開を視野に入れている。田中代表が最近参加した起業家向け合宿でも持論を展開し、そこで得た結論の一つとして、田中代表は自信を得た。今までやってきたことは間違いじゃなかったという自信だった。でももっともっとすごい人はいる。その向上心に灯が付いた。こういう体験を繰り返しながら、田中代表は成長を止めない。 成長を目的にしているわけではなく、ありたい理想からの逆算だ。そういうわけで、もっと熱く、もっと雄々しさを醸し出す文体に仕上げたいのだが、何といっても今日は指宿温泉である。頬を赤く染めた今の私に、そんな覇気は浴場に捨ててきたのである。 だが、同時にふと思うのである。旅というものを通じて田中代表が成し遂げたいビジョンは、もしかするとこういう私のような旅行客を増やすことなのかもしれない。ツーリストシップを広げること、活気づけること、理解してもらうこと、その一つひとつには、安寧な旅を通じた「あー、生きててよかったなあ」という、ほっとしたため息吐息をどれだけ出せる旅にするかである。旅の種類もいろいろではあるが、どうあれ、行ってよかった、出会えてよかったを世界中に広げることが田中代表のミッションなはずである。そう思えば、今こうしてロビーでキーボードを叩いているこの私こそが、ツーリストシップを生きているのだった。 明日の朝食は何時にしますかと、まさに今スタッフさんに尋ねられた。どうしよっかな。海辺の散歩してからだと8時かな、いや最近は朝お腹すくから7時にしようかな。そんなことをぐるぐると考えながら、夜も更けた山川港に目をやる。灯台が小さく灯り、人気のない海を照らす。ここがまさに貿易としての、海外との玄関口だったとは信じがたい静けさである。 ツーリストシップの拡張は、今のこの安寧の旅をビジョンとすることで駆動する。田中代表の起業家向け合宿はまだ終わっておらず、課題発表を残しているらしい。そんな苦行も厭わぬ田中代表を尻目に、ところで私は、先人たちが抱き続けた「外へ外へ」の飽くなきツーリストシップ魂を感じながら、今宵3度目の温泉に浸かることにしよう。では、失敬。