Vol.43 ツーリストシップを「一から作る」
『カレーライスを一から作る(ポプラ社)』という書籍が好評らしい。武蔵野美術大学のゼミを追った映画『カレーライスを一から作る』を書籍化したものだ。
好評というのは「よく売れているから」というだけでなく、本書にあげられている試み、企画力が好評だという風に解釈している。「よく売れている」という書籍には当然、よく売れるための仕掛けがセットである。仕掛けが勝てば売れる。だから中身は駄作だということを言いたいわけではなく、しかし何もミリオンセラーだけが良書というわけではないだろう。勝手な私の分析では、読み進めていく中でふと、これはどういうことだろうと、思わず天を仰ぎ、空想にふけって読書が進まない現象を引き起こせる書籍は、良書であると踏んでいる。むろん、私にとっての、である。
『カレー』は、タイトル通り、本気で9か月かけカレーを一から作った挑戦の軌跡である。米から、野菜から、鶏から、塩から、カレー粉から、そして器に至るまで全てにおいて手作りである。
悪戦苦闘の数奇な体験を経てようやくできあがった1杯のカレー。育ててきた鶏との別れ、うまくいかない塩づくりの奮闘などを経て、肝心のお味の方は「まずかった」らしい。苦労は勝手でもしろとはいうが、おいしいカレーなんぞ目をつぶっても勝手に手に入る世の中なのに、である。しかしこのオチが、私にとっては救いであった。まずかったという価値を、幾多の難関なプロセスが輝かせているのである。
久しぶりの田中代表とのセッションでは、久しぶりだけにエピソードは事欠かなかった。まずは最近風邪で部屋にこもっていたという話から始まる。でも、部屋で寝込んでいてもメンバーが運営を回してくれているから大丈夫なんですと、心強い仲間の活躍に眉を細める。
最近は、アイデアに飢えていた。フリーライダーやピグー税という聞きなれない言葉が飛び出す。どれもツーリストシップを拡散していく突破口になるに違いない。ただ風邪で寝込んでいたわけではなく、この間も思考をフル回転させていたわけである。まさに「天を仰ぎ空想にふける」というやつである。
観光庁の資料に、ツーリストシップが掲載された。いよいよツーリストシップが、国を巻き込んだ瞬間である。もっと大きく取り上げてもらわねばと士気を高める田中代表だが、この一歩は未来のツーリストシップにとって大きい。
気が早いけど今年一年はどうでしたかと尋ねたら、「挑戦の一年でしたね」と笑みを浮かべた。東京の生活にも慣れ、新メンバーにも支えられ、メディアの露出も、観光庁の掲載も、失敗を繰り返しながら歩みを停めなかった、ツーリストシップの挑戦の軌跡。まさにそう、米から、野菜から、鶏から、塩から、カレー粉から、そして器に至るまでの『カレー』のごとく、後ろを振り返ることなく突き進んだ一年だった。
いや、ちょっと待て。『カレー』のオチが「まずかった」が救いであるという文脈に従えば、ツーリストシップもまた「まずかった」がふさわしいオチなのか。そんなお叱りを田中代表からもらいそうである。
そうじゃない。結果はそれこそ、何でもいい。まずくても、おいしくても、そこに向かった挑戦の軌跡こそが『カレー』の醍醐味であり、生きる喜びなのだろうと思うのである。恐れるのは結果ではなく、その途上の歩みに怠惰はなかったかという問いだけである。良い結果を生み出すためにも、結果に恐れる必要はない。求め続けるプロセスを輝かせることが、ツーリストシップの未来である。
最後に来年の目標を聞いた。ツーリストシップという言葉が、知らないところで自然と飛び交う状態にすることが目当てだという。みんながどうしたら、ツーリストシップを言いたくなるのだろう。天を仰ぎ、空想にふける田中代表は、来年も挑戦の手綱(たづな)を緩めることはない。おいしいカレーはスーパーで簡単に買える。でも挑戦によって得た涙のカレーは何物にも代えがたい。ツーリストシップもまた、カレーに負けじと「一から作る」。そういう意味で、「おいしい」のだ。
2024年最後の活動コラムもありがとうございました!
2025年もよろしくお願いいたします。