vol.44 旅は「する」だけでなく「出迎える」ことも含まれる

今は農家として米を作っているが、昔は鉄を曲げて航空関係の仕事についていたというオモシロイ経歴の友人がいる。
日頃親しくさせていただいているが、改めてこういう話を聞くと、時間を忘れてつい話し込んでしまう。

その中で印象深い言葉に出会った。

「モノづくりをするうえで大事なのは、エラーが起こった時に『人のせいにしない』ということ。仕組みに原因を求めないといけない、これ鉄則ね。」

そして米作りに従事するようになって、こうも言っていた。

「米作ってると、神頼みする人の気持ちが良くわかる。最初は意味あるのかって思ってた。自然を前にして、人の思い通りにはいかないことに気づかされるから。常に予期せぬものに向き合い続け、改善を求められ続ける。」

それを聞きながら、先日伺った桜井康広氏の言葉を同時に反芻(はんすう)していた。そうか、そういうことかと合点がいった。

喉を傷めながら懸命にインタビューを引き受けてくださってから早数か月。再度桜井さんとお話しする機会を頂いた。桜井さんはいつも、言葉一つひとつを丁寧に選び取っていく。リモートで伺っているのに、その真摯な姿がこちらにまで伝わってくる。展望も、課題も、すべて自分事として受け取っておられる責任感が言葉に宿っている。

関西国際空港で旅先クイズ会を実施した。3月の大阪万博をにらんでのこともあるだろうが、何より空港でやる意義を桜井さんは語っていた。「手ぶら観光」というサービスがある。ホテルまで荷物を運ぶことで、旅行中の荷物を減らし、混雑を緩和する試みである。ツーリストシップの啓蒙は、単なるマインドセットだけではなく、本質的な仕組みにも手を伸ばす。なるほど確かに、キャリーバッグに行く手を阻まれ、何度も迂回したことを思い出した。

地元住民へのツーリストシップの啓蒙は、その地域に定められたルールを周知していくこととも関連する。なぜこの場所で写真撮影をしてはいけないのか。なぜこの時間帯は自転車走行を禁止しているのか。なぜここでは、食べ歩きを禁止しているのか。その全てに理由があり、意図がある。しかし案外旅行客は知らない。ルールの存在と、その意味を正確に伝えることで、ツーリストシップを体現し、オーバーツーリズムの解消を根本から狙っている。こういうことも、旅先クイズ会を通じて理解を広げている。草の根活動はインパクトに乏しいかもしれないが、そうやって一人ひとりとの出会いの中で、互いの体温を感じ取りながら伝え伝わるプロセスは本物である。

ツーリストシップの広がりは、こうした確かな仕組みによって広がりを見せていく。狙う結果に対して効果的な仕組みを座組していく。そのことがとてもよく伝わるお話だった。

話を聞いていて感じたことがある。もしかしたら旅とは、「する」だけでなく、「迎える」ということも含まれるのではないかとさえ思えてきた。ルールを作り、観光客と向き合う地元の方々もまた旅人なのだ。自然と向き合う農家の方も、その自然の摂理を引き受けることで大地の恵みを生み出していく。桜井さんは、旅先クイズ会を旅しながら、観光客を迎えるという旅もまた同時に引き受けている。人生そのものが旅、ツーリストシップの申し子なのだ。

そのことを、奇をてらうでもなく、訥々(とつとつ)と語るところが心憎い。だからみんな、桜井さんのことを慕うのだろう。米作りも、モノづくりも、そしてツーリストシップも、いわば仕組みによって体現される旅そのものである。桜井さんはその大きな流れのど真ん中にいる。