vol.32 狙わない強さに、震えた夜

旧友と3人で呑んだ。半年ぶりである。

…と、フレンドリーに「旧友」なんて書かせて頂いているが、二人とも大先輩だ。

仕事で絡んだことはほとんどなく、ただ純に「飲み仲間」として付き合っていただけるのは、普段あまり「ただ飲むだけ」の会にはほとんど行かない私にとって、却って珍しく、面白い。

話す内容も、実に他愛もないことばかり。強引なダジャレや、ニッチでレトロな昭和ネタが指し込まれては、何それと声が弾む。

しかし今日の話題は、ダジャレもレトロもそこそこに、一人の先輩の「激やせぶり」でもちきりだった。この3か月ほどで15キロの減量。さすがに触れないわけにはいかない。「お久しぶりです」の言葉を押しやり、まず出てきたのは「どうしたんすか、それ」だった。

「まあ、私は毎日見てるんで、話題にならなくなったけどね」

激やせの先輩を前に、もう一人の「ダジャレ王」が悠々と呟き、既に半分飲み干したグラスを傾ける。彼に言わせれば、もう激やせは「当たり前の光景」になったそうだ。

毎日見ているものと、半年ぶりに見たものとの差異。外からの刺激も、習慣的な視覚を前にすると、気づきのアンテナを閉じてしまう。しかし言い換えれば、日々の変化は「気づきにくい」だけで着実に変化を生み出している。1か月もあれば人間の体の細胞はまるっと入れ替わっているらしい。変化は何も「分かりやすいもの」だけを意味しない。「変わらないほど」の変化こそ、習慣に溶け込んだ成長の醍醐味なのだろうと、思った。

さて、ツーリストシップアワードが大盛況だ。それぞれの旅の想い出を、写真を添えて応募する。そこで出会ったドラマ、偶然の意味を探り、ツーリストシップが花開くコンテスト。150あまりの「大切な旅の物語」が集まった。これを成し遂げたのは田中代表、ではない。インターンとして参加してくれた学生たちの力だ。

一人ひとりの誠実な態度の賜物であることは言うに及ばず、特に陣頭指揮を執ったHさんの活動に触れないわけにはいかない。田中代表が今回、特にこのHさんの成長を肌で感じ取っていた。

「どうやって人に動いてもらえるか」

ディレクションに頭を痛めた田中代表だからこそわかる、物事を進める難しさを、Hさんは空気の醸成力で心を揺さぶり、人を動かした。否、「動かした」と書くと操作的で合致しない。「結果として」人が「動いた」のである。

MITのダニエル・キム教授が提唱した「組織の成功循環モデル」によれば、成果を生み出そうと「結果の質」から事を動かすと失敗し、成果の前にメンバー間の信頼関係を指す「関係の質」から関わることで、結果的に成果につながるという研究結果を出して話題になった。Hさんのそれはまさに、「結果として」成果につないだ、関係の質向上が魅せた日常的な関わりによるものであったのだ。

しかし当の本人は飄々としている。凄いことをやってのけたと息巻いてもいない。ただ純粋に、集まったことを喜び、「これがツーリストシップのいいきっかけになれば」とただ、ワクワクしている。成果を追わず、共に分かち合う関係の質向上の要因は、そんなHさんの人間性にまで話が及んだ。田中代表だって20代の若者である。なのに、その若者をして「この若者は凄い」と言わしめる柔らかさである。既にもう「次の萌芽」が雪の中からひょっこりと顔を出している。そんなことがツーリストシップでは日常化している。末恐ろしいまでの習慣形成ではないか。

旧友の激やせも、習慣となれば目に入らなくなる。人の成長も、日々見ていればその変化に気づかない。見えず気づかず、それが悪いわけではない。それくらい、人の変化や成長は、日々の微妙な消息に宿るということだ。そして、世の中を席巻する「これであなたも見違えるくらいに良くなる!」という太鼓を叩きまくるかのような無理な宣伝広告に惑わされてはならないという、これ以上ない教訓なのである。

「次元ヘアカラー」

帰路の最後に大先輩が言い放ったこの言葉。いわゆる昭和時代にテレビCMを凌駕した「あの」ヘアカラーの名前と、着てきたコートのたたずまいが「まるで次元みたい」と表現した私の言葉とを共鳴させて生まれた。この編集力といい、間(ま)といい、タイミングといい、この何気なくも柔らかい笑いを、その大先輩もまた飄々とした様子でいとも簡単に表してしまう。そんなに面白い?とでも言わんばかりに。

人は動かすものではなく、その人のたたずまいや揺らしによって「動かされるもの」なのだろう。Hさんと、大先輩の「次元ヘアカラー」が、どうしてもダブって見えた。この、説明ができない凄さを身にまとう人たちは無敵である。緩やかにして、ぶれない。そんな人たちが、田中代表にとっても私にとっても、憧れなのである。

狙わないという強さが、これ以上ない精巧なロックオンを実現し、真ん中を射止めてしまう。よくよく考えれば末恐ろしい能力だ。そんな能力が、これからツーリストシップでも展開される。楽しみすぎて、足が震えた。

次の記事

vol.33 一周回って映る景色