Vol.46 初の新卒・上里の、約束された“大騒ぎ”

(ライター:弓指利武、音声:井本ゆうこ)

上里は芸大出身、ツーリストシップの新卒採用第一号である。落ち着いた口調の中に緩急を織り交ぜ、柔軟にして強固な夢を抱く。彼女とツーリストシップとを繋いだ偶然の赤い糸は、既に約束されていたと言われても否定のしようがないほどに、固く、結ばれていた。キセキという言葉が陳腐に見える。確かにGReeeeNは『キセキ』の中で、

僕らの出逢いがもし偶然ならば? 運命ならば?
君に巡り合えた それって『奇跡』

と謳ったかもしれないが、上里のキセキはどうも一味違うのである。

大学生の頃、先生に「素敵な人がいる!」と強く勧められ田中代表が講演する会に参加した。これまでもずっとそうだった。理由はなくても直感で「これだ」と思った出会いを羅針盤に生きてきた。その直感力が上里を育て、まるで既に用意されていたかのようなキセキを積み重ねていった。この日の出会いも、約束されたキセキだった。

「私と年の近い人がこんな精力的な活動をしているということに驚きました。田中代表のキラキラした目に一瞬でやられました。共感と憧れが心の中で交差して、もう“大騒ぎ”でしたよ(笑)。」

心が弾み、居ても立っても居られない心境を“大騒ぎ”と表現するあたりに、柔軟な発想力を垣間見せる。 “大騒ぎ”は大変だけど、きっとそれはワクワクに近い。当時のことを振り返る上里の声色が少しだけ紅潮した。もはやこの出会いは、恋とさえ思えた。

京都生まれの京都育ち。行き交う観光客と共に生きてきた。ツーリストシップを引き寄せたのは、この環境下にあったことも原因の一つかもしれない。観光デザイン領域を学び、観光に横たわる課題の緊迫感を肌で感じ取っていた。彼女が観光を通じで見えた課題の緊迫感は、オーバーツーリズムの“向こう側”にあった。

最近の世の中、どうも規制、規制とうるさくないですか? ルールがあることで、みんなの心地よい世界を生み出せていることは理解している。しかし、何でも「ルールだからダメ」というのはちょっと短絡的な気がする。事の本質に気づけないではないか。なぜそれがダメなのか、誰にとってそれは良くないのか、背景から捉えることがあっての規制であるべきではなかったか。上里が抱える緊迫感は、むしろここにあった。簡単に禁止を言い過ぎている。「規制のない世界をつくりたい」この願いの一里塚が、上里流ツーリストシップなのである。

その着想はどこで生まれたのか。“大騒ぎ”な上里は意外にも子供の頃は人付き合いが苦手で、話すことも億劫だった。それを変えたのが高校生の頃、とある美術のセッションで司会進行を仰せつかった時だった。一つの絵をみんなで鑑賞する。この絵はどう見えるか、何が背景にあるかを参加者で言い合う。人付き合いの苦手な司会者は必死に、参加者にマイクを向ける。「かなしい」「うれしい」「色がある」「色がない」と感想はバラバラ、まるで同じ絵を見ていると思えなかった。しかしその混乱は上里を逆に勇気づけた。違うことはそもそも面白い事なんじゃないかと腑に落ちた。そこから、人の考えていることを知りたいと興味が人に向いた。可能性の拡張というキセキもまた、こうして約束されていた。

出会いを大切にする上里の生き様を象徴するような写真を最後に送ってくれた。何気にぶらぶらと散歩することが趣味で、そこで出逢う不思議でかわいい景色を写真に収める。送ってくれた写真は、消火栓の上に添えられた麦わら帽子だった。誰が何のためにここに置いたのか、いや、被せたのか。「きっと消火栓が暑そうだったからじゃないですか」そう言って笑う上里の声色は、やっぱり紅潮していた。GReeeeNの『キセキ』には、こんな歌詞がある。

日々の中で 小さな幸せ 見つけ重ね
ゆっくり歩いた『軌跡』

“大騒ぎ”は、何も大きなことだけではない。どこにでもありそうなあぜ道で、出会った小さな麦わら帽子にもドラマがあり、冒険がある。上里流ツーリストシップは、始まってまだ数週間というのに、この“大騒ぎ”なのである。固く結ばれた、ツーリストシップのキセキ(軌跡)が、幕を開けた。