Vol.011 人間の創造性は、この葛藤にこそ、生まれ得る
ChatGPTが世間を賑わせている。AIが遂に、人間に成り代わって何でもやってしまう時代に入った。
レポートの作成だって、営業戦略の立案だって、恋愛相談だって、何でもこなせてしまう。
シンギュラリティ-はもう少し先だと思っていたら、AIが全てを支配する世界はそう遠くない未来図になってきた。
これはいわば、人間の長年の経験値を簡単にAIが乗り越えていく時代の到来を指す。年功序列によって保たれていた秩序は、年を重ねることで得られてきた経験によるものだった。その構図が壊れようとしている。
AIによる人間のロジックを凌駕した事件は、1997年のチェスの世界で、そして2017年の将棋の世界でそれぞれ起こり、AIの絶対的強さが証明された。今や将棋やチェスの類いは、AIが示す評価値によって有利不利かが一瞬で分かるようになった。長年の経験を積んできた猛者たちの解説を待たずして、AIが数秒で弾き出す最善手は、私たちに何をもたらし、何を奪いそして、どんな未来を描いていくのだろう。
ツーリストシップの浸透を視野に入れた一つの施策として、推進法を設立するという驚きの“一手”が示された。田中代表の語気が荒くなる。
「ツーリストシップを議員立法にすることを考え付きました。そのためには、いま進めているブース出展を通じて、データを取り集め、希少価値の高い事実でもって物事を動かしていく。データという事実を前にすれば、物事は案外真っすぐに進むのではないか。推進法の設立は確かに大変だけど、そう無茶な話でもないように思えてきたんです。」
最初は冗談だと思った。推進法にしてどんなメリットがあるのか。
「助成金にもつながっていきますし、旅行者や観光業界への一助にもなり得る。可能性が広がるのではと、直感で思いました。」
田中代表は冗談ではなかった。そして気の遠くなるような立法への道のりを、決して遠くない未来に据えていた。こういうサプライズがツーリストシップのプロセスだ。結論ファーストではない、この道程に力がみなぎる。ツーリストシップが日に日に、厚みを増していく。
『ツーリストシップ推進法を誕生させるにはどうすればいいですか』
もしChatGPTに聞いたら何と答えるのだろうか。一瞬やってみようと思ったが、やめた。プロセスが味わえなくなる。道程に咲く、試練という名の一輪の花が、ChatGPTによって儚く根絶やしにされることは忍びない。
「AIが避ける無駄の中から、人間の創造性が育まれる」
永世七冠を達成した未曽有の大棋士・羽生善治九段は、AIの台頭に対して「テクノロジーの進歩は止められない」としつつも、人間の創造性についてはそのように評価した。
ツーリストシップはまさに、人間が生み出した創造性の一つである。ChatGPTを有効活用することは間違いなく人類の叡智であり大きな一歩だ。しかし葛藤もある。その両方を併せ吞む受容的態度もまた、人間ならではの懐の深さとも言えるのだろう。
この葛藤は、この時代に生まれた私たちの特権である。ツーリストシップもまた、その特権の中で生き、もがき、乗り越えていく。
人間の創造性とは、そんな葛藤の渦にこそ、生まれ得るものなのだろう。田中代表は冷静だった。静かな闘志が、みなぎっていた。(1886文字)